更新ボタンを押した後、結果を見て俺の指が止まった。
ハピマテのいままでそわそわしていた動きも止まる。


――3位


これが結果だった。
「・・・・・」
「・・・・・」
俺もハピマテも声を出すこともできない。
3〜4分してからハピマテがやっと口を開いた。
「あんなに頑張ったのに・・・・・」
俺はハピマテの方を見る。
ハピマテは目をうるつかせ、顔を耳まで真っ赤にしている。
「3位・・・・・か・・・・・」
俺もマウスを持つ手が震える。
前回よりは1ランクあがったものの、前回より宣伝活動なども頑張っていたと思うと小さなのびだった。
俺はふと思い、VIPに行った。
ハピマテスレをみつけ、更新する。
レスは予想通りのものだった。
3位。それを悔しがるレスでいっぱいだった。
「俺は、出来る限りのことはやったつもりだよ。これは結果として受け止めよう」
いまにも泣きそうなハピマテに話しかける俺。
――と、その時、携帯が震え、ハピマテが流れ出した。
「・・・・・メールか」
俺は携帯を手に取る。
が、携帯の振動が収まらない。
「え?な、なんだ?」
液晶を見て、俺は驚いた。
新着メールが連続して飛び込んでくる。
その勢いは、とどまることをしらないようだ。
「え、こ、これって・・・・・・」
やっと携帯の振動がおさまったかと思ったときにはメールボックスの中の新着メッセージの量は膨大なものになっていた。
「凄い量だな・・・・・」
俺はそうつぶやきながら一通一通開封していく。


3位だったか…。残念だったな。でも、悩む前にできることをして悔いはないぜ



3位か。前より順位はあがったんだよな?



3位・・・・・ 1位ではなかったけど、俺たち頑張ったよな?



そして、あいつや彼女、そしてあの娘からもメールがきている。



3位はちょっと悔しいな。次・・・・・があるんだよな?明日を見るべきなんだよな?



頑張ったけど3位っていう結果はしょうがないのかもしれないね。次、がんばろう。今は悔しがってる場合じゃないと思うから。



実は私もCD買ったりしてたんだけど、3位っていうのはちょっと悔しいかも。でも、私は頑張ったと思うよ。みんな。



液晶を実ながら俺はだんだん嬉しくなってきた。
こんなに多くの人がこのプロジェクトに参加してくれたことに。
そして、みんなの仲間思いの気持ちに。
「あれ?」
自然と液晶の字がぼやけて見える。
「え、あ、あれ・・・・・。俺にもこんな・・・・・」
そう言いながら、指で目をこすった。
「俺にもこんな、涙なんてものが残ってたんだな・・・・・。知らなかったよ・・・・・」


――翌日。
朝起きると8時だったので、朝飯を急いで食べ、学校に走って登校する。
「おはよう」
そう言って俺が教室に入ると、とたんに罵声が飛んできた。
「おい、おせーぞ!」
時計をみると、8時25分。登校時間は30分までなので遅刻ではない。
「なに言ってんだ、まだ遅刻じゃ――」
そこまで言って俺は気がついた。
「今日から合唱の朝練だぞ。忘れてたのか?」
――合唱祭
俺達の学校では、行事が盛んだが、その中でも盛り上がりが大きい行事。
各学年、各クラスごと『課題曲』と『自由曲』の2曲を歌い、上手さを競う行事。
「ごめん、忘れてた。」
その合唱祭が近くなってきたため、俺達のクラスは7時45分にあつまって朝練をすることになっていたのだ。
「忘れてたんだったらしょうがねーな・・・・・。明日からちゃんと来いよ」
「OK、分かった。今日はごめん」
俺が言うと、みんな見計らったかのように俺のもとに集まってきた。
「3位、残念だったな・・・・・」
「もう1枚出るんだろ?今度こそ1位・・・・・だよな?」
クラスの男子の話題は、ハッピーマテリアルが独占状態だった。
「次は8月3日に最終バージョンが出る。それが最後のチャンスだと思う。値段は1050円になって値上がりしちゃうんだけど――。お願いできるか?」
俺が言うと、みんなは一斉に言った。
「OK!その言葉待ってた。」
「もう1位しか見えないな」
「やっぱ最後で1位にするのがドラマチックだよな」
キーンコーンカーンコーン
チャイムがなり、担任が教室に入ってきた。
「ほら、朝の会を始めるぞ。みんな席につけ!」


「おいおい」
休み時間。
あいつが話しかけてきた。
「ん?どうした?」
「突然だけどこれ、やろうぜ」
「え?」
俺は、あいつが手に持っている紙を見た。
合唱祭のパンフレット。
「え、これがどうした――」
俺はあいつが指さしている先をみて、驚き、そして焦った。
あいつが指さしている先にはこう書いてあった。


――生徒会主催・生徒バンドコンテスト開催!


「おい、これって・・・・・」
そう、俺達の学校の合唱祭には、『クラス対抗合唱大会』というイベントの他にもう1つ、メインイベントがある。
それが、この生徒会主催の『バンドコンテスト』だ。
生徒同士が、学年学級関係無しにバンドを組む。
そして、合唱祭で1時間もある昼休みの時間に、そのバンドが演奏。生徒会役員や教職員が順位をつける、というものだ。
しかし、毎年参加希望バンドは多数いる。
そのため事前にオーディションを行い、そのオーディションで合格したグループ10組が、本番である合唱祭のコンテストに参加できるのだ。
さらに、バンドコンテストで1位になったグループでは、文化祭でのイベントのメインを飾ることができる、というシステムになっている。
「でも、これって楽器類の演奏も自分達でやらないとならないんだぞ?俺とお前だけでできるわけねーだろ」
俺が言うが、あいつは一歩も退かない。
「あたりめーだ。俺とお前だけでやるなんて誰が言ったよ」
「それに、これオーディション突破だけで難しいんだぞ。今から練習したところでよっぽどのメンバーそろえないといけないじゃねーか。そんなメンバー、もう残ってないんじゃ・・・・・」
俺が追い打ちをかけるが、あいつはそれを見事にかわしてみせる。
「おいおい、なに言ってるんだ。『悩む前にできることをしよう』じゃないのか?これでハピマテ歌えれば、知名度も上がるし、宣伝もばっちりだぜ?」
「・・・・・わかったよ」
ついに、俺の方が折れた。こうなってしまったあいつは、もう誰にも止められないと分かっていたからだ。
「じゃあ、明日までに男女1人ずつバンドメンバーを集めてくること。6人のバンドな」
「・・・・・え?男女?男子だけじゃないの?」
俺が不思議に思って聞いた。
毎年毎年バンドコンテストは行われているが、男女混合バンドなんて見たことがない。
「そこがミソなんだよ。男女混合なら珍しくて希少価値UP!ってわけさ」
「でも、そんな女子なんて誘えるかな・・・・・」
「無理だったらそれでもいい。とりあえず明日まで探せるだけ探せ。わかったな?」
俺は少し考えてから、
「わかった」
と一言だけ返事をした。


「ったく、あいつも無茶なこと言うよな・・・・・」
俺は廊下を歩きながら独り言をつぶやいた。
あの時は勢いで返事をしてしまったものの、女子と話すのが得意でない俺が、バンドメンバーに女子を誘うなんてできるわけがない。
それに、世の中の女子は、こういう時、2種類に分けられる。
積極的な子と恥ずかしがり屋な子だ。
後者の方は、バンドに誘っても、断られるのがオチだろう。
前者の子の中で、楽器を弾ける子がいれば問題なく誘えるのだが、俺にはそんな勇気ないし、それにそんな都合の良い子はもう他にバンドを組んでしまっているだろう。
「誰かいないかなぁ・・・・・」
声にだしてつぶやいてみるものの、事態が解決するわけではない。
俺は、座ってゆっくり考えてみることにした。
――楽器が得意で、親しい女子かぁ・・・・・
俺はそこまで考えて、ハッと気がついた。
――そうだ、彼女がいた・・・・・


俺は急いで隣のクラスに行き、偶然教室に残っていた彼女を屋上に連れて行った。
「えーと・・・・・それで、用ってなに――?」
「えと、その・・・・・」
俺は少し口ごもってから、言った。
「もし、よければなんだけど一緒にバンド組まない?」


――しばらくの沈黙・・・・・
「ば、バンドってあの合唱祭の・・・・・?」
あきらかに動揺した表情の彼女。
無理もない、突然こんなことを言われたのだから。
「うん。あの、君ってピアノのコンクールとかで全国大会とかまで行ってるから、楽器得意かと思って・・・・・」
黙って、何か考えている彼女。
その沈黙に耐えきれず、俺はぺらぺらとしゃべり続けた。
「あ、いや。俺だけじゃなくて、あいつ・・・・・俺の友達と組んでるし、あいつも他にメンバー探すって言ってるから。俺は楽器とかできないけど――」
「うん、いいよ」
俺が喋っている途中で彼女が言った。
「・・・・・え?」
俺は自分が聞いた言葉が信じられなかった。
「バンド、一緒にやってもいいよ。私は・・・・・キーボードとかをやればいいのかな――?」
こんな簡単にOKが貰えるとは思っていなかったので、俺は心の底から驚いていた。
「あ、うん。楽器のこととかはメンバーそろってから決めると思うから。じゃ、じゃあ詳しくは後でメールする。もう1人メンバー集めないといけないからさ」
「うん、わかった――」
俺は早口で説明すると、「じゃあ」と手をふり、屋上を出た。


「――ったく、誰もいねーよ・・・・・」
バンドメンバーになってくれる男子を捜していた俺は、路頭に迷っていた。
頼んだ全ての人に「恥ずかしい」又は「もう他の人と組んでる」という理由で断られた。
想定していたことではあったが、このままではメンバーを集めることができない。
「だけどもう楽器のできる男子なんて残って――」
そこまでつぶやいてから俺はある人物が思い浮かんだ。
――そうだ、もしかすると・・・・・
俺はもう駄目もとだと思い、ある人物を探した。あの、何でもこなしてしまう超人を。


「あ、やっとみつけた――」
俺はそのある人物を見つけた。
「どうしたんだい?そんなにあわてて」
ある人物、そう、成績優秀、スポーツ万能のあの人が眼鏡をなおしてこっちを見つめた。
「あの、君って楽器演奏できる?」
「――いきなりなんだい?」
「できるかできないか訊いてるんだよ。できる?」
せかす俺にあの人はため息をついて
「バンドに誘ってる?」
と言った。
俺は驚いて
「よ、よくわかったね・・・・・・。じゃあ分かってるみたいだから言うよ。よければ俺達のバンドに入らない?」
「やだ」
あの人の答えは早かった。
予想通りの反応だった。
「そんなこと言わないでさ。君なら楽器もできるんだろ?」
「楽器ができないことはない。だけど目立つことはあまりやりたくないんだ」
俺はしかたなく、ある一言、一撃必殺の一言を言い放った。
「バンドでハピマテを演奏するんだ。君がいれば君にあこがれてる女子からも指示を集められて、宣伝にもなると思うんだけど・・・・・・」
「・・・・・」
あの人が急に黙り込んだ。何か考えているようだ。
その沈黙、数十秒。
と、あの人はため息をついて肩をすくめ
「それを言われたら断れないな・・・・・」
とOKの返事をしたのだった。


家に帰ると、携帯にあいつからメールが来ていた。



ごめん、女子は1人OKもらったけど、男子は集まらなかったOTL
発案した俺がこんなんじゃだめだよな、ホントごめん



「・・・・・」
俺は、無言のまま、携帯をプッシュし、メールを返信する。



俺は男女一人ずつ集めた
俺も、男子探すのには苦労したから見つからないのも無理ないと思う。だから気にするな
大丈夫、5人でもなんとかなるよ。



そう打ち込むと、俺はあいつにメールを送信し、ハピマテと俺の分の飯を作るため、一階におりていった。


翌日の放課後。
俺達のバンドメンバーはあいつの家に集まった。
あいつの家には、防音設備が施されている部屋があるからだ。
「そろったな。じゃあ、バンドの打ち合わせを始めようと思う」
あいつの家には俺、あいつ、彼女、あの人、そしてもう一人。


あの娘、の5人が、集まっていた。


よく考えてみれば簡単なことだった。
あいつは俺と違って女子とも仲が良い。
しかし、そんなあいつでもまだバンドを組みたいが、組めないでいる女子を見つけるのは至難の業だっただろう。
だが、あいつは女子のメンバーを一人確保したと言っていた。
よほど、仲が親しい女子でなければ。
そして、あいつはあの娘に告白し、そしてOKを貰っていた。
そうだ、この状況の中であいつがバンドメンバーに誘える女子なんてあの娘しかいないだろう。
少し、雰囲気が気まずいかもしれないが、ここはそんなことを気にしている場合じゃないだろう。
「じゃあ、まずはバンド名からなんだが・・・・・。実は1つ俺が考えてある」
そして、あいつはメモ帳にボールペンで書かれた文字を俺達に見せた。


MATERIALS


そこには、そう書いてあった。
「マテリアルズ。俺が考えたバンド名。」
あいつはにかっと笑った。いつもの、あいつの笑い方だった。
「いいんじゃないか?」
俺が言った。他のメンバーも、頷いた。
「じゃ、じゃあ、いい?」
「いいよ」
また、俺が答える。すると、あいつはまた笑った。そして
「よかったー。なんか文句言われるかと思ったよ」
と言い、咳払い。
そして、改まった口調で言った。
「それでは、第一回バンド『MATERIALS』集会を始めます!」


「と、それではバンド名も決まったところでそれぞれの担当を決めようと思うんだけど――」
あいつはみんなを見回して言った。
「この中で楽器やれないっていう奴手挙げてみて」
俺は手を挙げた。
正直これが一番不安だった。
俺は楽器がなにもできない。もちろん学校の授業で習う程度のことはできるが、バンドで演奏するほどはできないのだ。
そんな俺がバンドなんかやって、やっていけるのだろうか。俺はそれが不安だった。
と、隣であの娘も手を挙げる。
ふと、あの娘と目があった。
が、すぐに目をそらしてしまう。
いくらなんでも、もう普通に接してくれても良いものかと思っていたけど、世の中そう甘くはないようだ。
もっと時間がかかるか、それともこれからずっと、今までのようにはいかないのか――
「じゃあ、二人にはボーカルをやってもらうことになるな。いいか?歌なら歌えるよな?」
あいつの言葉でハッとする俺。
「あぁ、いいよ」
「うん、わかった」
また、あの娘と言葉が被った。どうにも気まずい。
「じゃあ、えっと、お前はなにができる?」
あいつがあの人に向かって訊いた。
「主にギター系統かな。ベースとか」
「えと、じゃあ君は?」
今度は彼女の方を向くあいつ。
「わ、私はやっぱり鍵盤楽器かな――。バンドだったらキーボード?」
「OK。俺はちょっとかじった程度だけど、ドラムをやれる。」
そう良いながら模造紙にマジックでキュッキュと何かを書くあいつ。
そして、書き終わって、インクが乾いたのを確認するとそれを俺達に広げてみせた。
そこには、それぞれのパートが書いてあった。
ボーカルは俺とあの娘、ベースがあの人、彼女はキーボード、あいつはドラム。
「これでいいか?」
あいつの言葉に対し、俺達は全員OKの返事。
「よし、じゃあ決まったな。」
そう言ってから、あいつはコホンと咳払い。
「さて、こっから本番。演奏する曲だが、俺は飽くまで予選オーディション通過を狙おうと思う」
「うん、それで?」
「オーディションと本番、合唱祭で同じ曲を披露したらインパクトというものがない。俺が何を言いたいのかわかるか?」
急に話をふられて、俺は驚いたが、
「・・・・・オーディションではハッピーマテリアルを歌わないってこと?」
「そういうことだ。」
「でもさ・・・・・」
あの娘があいつに言う。
「オーディションを通過できる保証なんてないし、今から組んだバンドだし――」
「たしかに今から組んだバンドだけど、このメンバーなら通過できそうな気がする。もともとそう思ってないとやる意味もないんじゃないと思うんだ」
あいつの真剣な目に俺達は何も言うことができなかった。
しかし、一つ思ったことは、こいつならやってくれる、それだけだった。
「それで、俺はあえて、この曲をセレクトした・・・・・」
そう言って、あいつは奥の方からCDを取り出した。
その曲は――


輝く君へ


「と、ここまでが俺の独断と偏見だったけど、これでいいかな?」
あいつはそう言ってみんなを見回した。
俺は、他にちょうど良い曲が思い浮かばなかったため、頷いて
「良いよ」
と言った。
あの人やあの娘、彼女も頷く。
「よし、じゃあ楽器演奏者の人たちは楽譜、どうする?」
「別に僕自身が作ってもいいけど」
「わ、私も自分でつくれるよ――」
流石だ、と思った。思ってみれば、この二人ならそれくらいは余裕なのかもしれない。
「わかった。じゃあ次までに楽器演奏者は各自で自分の楽譜を作ってくること。ボーカルはCDに合わせて歌の練習をしてくること。じゃ、今日は解散!」
あいつの一言によって、その場は解散した。
少し憂鬱だったバンドも、少し楽しみになった。


――翌日は休日だったため、俺達はまたあいつの家に集合した。
「よう、みんなそろったな。楽譜作成の進み具合はどうよ?」
あいつが言うと、彼女とあの人は
「一通りはできたよ――」
「僕もだいたいはできた。耳コピだから間違えているかもしれないけれど」
と答えた。
「よし、それじゃあ・・・・・」
あいつは部屋の奥の方からパソコンを取り出した。
「その作ってきた楽譜を打ち込んでほしい。楽譜作成ソフトは入れてある。じゃあ、えーっと・・・・・」
「俺やろうか?」
「僕がやってもいいけど」
あいつの言葉に、俺とあの人の二人が同時に反応した。
「よし、じゃあ二人に任せよう。俺の奴はこれだから――」
「あ、私のはこれ――」
「よし、任せろ」
俺は3人から楽譜を受け取り、パソコンを起動した。
楽譜打ち込みはやったことはないが、だいたい操作の検討はつく。
それに、VIPPERでもあるあの人もついているからまず大丈夫だろう。
「じゃあこっちは、オーディション当日の打ち合わせをするぞー」
あいつは、そう言い、あの娘、彼女の二人を連れて、隣の部屋へと移っていった。


――1時間後
「ふぅ、やっと終わった――」
思っていたより、楽譜をパソコンに打ち込むのは大変だった。
音符程度ならなんとか読める俺だったので、読むのには困らなかったが何しろ1つ1つ打ち込んでいかなければならなかったからだ。
あいつの家にはキーボードは置いてあったが、パソコンとつなげるためのコードがなかったた、全て手打ちの作業だった。
「終わったか?」
あいつ達が、部屋に戻ってきた。
「うん。じゃあ再生するよ」
俺はそう言って、再生ボタンをクリックする。
「――――」
聞き覚えのあるメロディーがスピーカーから流れてくる。
流石だった。
多少の音のズレはあったものの、試し聴きとは思えない、ほぼ完璧に近かった。
あいつが作ったドラムも、上手く組み込めている。
「じゃあ、ちょっと修正していこうか」
あの人が言い、各々が修正点を述べていく。
「ここはやっぱり――」
「ちょっとずらした方が――」
意見を反映しては再生、反映しては再生をくり返し、12時から始めた楽譜作りが終わったのは4時だった。
「やっとできたな・・・・・」
「うん――」
そう言うと、あいつはそれを印刷し、みんなに配った。
「じゃあ試しに演奏してみる?」
あの人が言うが、あいつは
「ごめん、俺、あんまり練習してないからできねぇや。」
と断る。その表情はどこか寂しそうな感じもした。
「あ、音楽さ、俺の所におくっておいてくれない?」
「あぁ、OK」
そう言うと、あいつはmp3に保存し、zipで圧縮、俺宛のメールに添付し、送信した。
「じゃあ私にも。あの、パソコンもってないからできればCDかなにかにお願い」
あの娘も、あいつに言う。
「分かった」
そう言い、あいつはCD-Rに焼き、あの娘に渡した。
「じゃあ、今日のところは解散。楽器担当の人は、今日作った楽譜を練習しておくこと。歌も練習しとけよ。」
「はーい」
みんなは返事をし、帰宅しようとする。俺もそれに続こうとする。
が、
「あ、お前はちょっとまって」
と、あいつに引き止められた。
「うん、OK」
そう言いつつも、俺はあいつのどこか暗い表情が気になった。


みんなが帰ったのを確認し、俺はあいつに話しかけた。
「で、何か用?」
そうきき、あいつの顔をみて、俺は驚いた。
「・・・・・」
無言のままのあいつの目には、涙がたまっていた。




       (第四十八話から第五十三話まで掲載)