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翌日の土曜日。
俺はあいつからのメールの通り、10時5分前に財布を持って学校へ行った。
俺が着くとあいつや、クラスの男子がもう集まっていた。
「ごめん、遅れた。で、なに?」
俺がきくと、男子の中の一人が深刻そうな顔をして、こう言った。
「これから職員室に突撃しようと思う」
「・・・・・え?」
俺は我が耳を疑った。「職員室に突撃」・・・・・?
「おまえ、何の冗談かしらんがなにを・・・・・」
「冗談じゃねぇ。マジでやるぞ。先公達にはとことん呆れさせられた」
「・・・・・」
俺は、あいつや他の奴らの目を見て黙り込んだ。
――こいつら、本気だ・・・・・
こういう風になった男子はもう止められない。それは今までの時間が教えてくれたことだった。
「・・・・・で、事態が把握できない俺に説明してくれ」
俺が言うと、
「じゃあ俺が説明してやろう」
あいつが口を開いた。
昨日、俺はありもしない濡れ衣をきせられ、学年全員の前で恥をさらされた。
恥だけじゃない。無駄な疑いをかけられて事態をよく知らない奴らからひかれるって可能性だってある。
そんな教師ってだけの権限で生徒が肩身の狭い思いをしてたまるか。
「――と、いうことだ。それで今から職員室に行って疑いを晴らして貰う」
「で、また学年集会を開いて学年全員に、教師が間違ってたってことを言うように頼む」
「つーか開かせるんだけどな。正確に言うと」
俺は話しを聞いて唖然とした。
――こいつらはこんな大がかりなことをやるつもりなのか・・・・・。
「おい、お前ら、それうまくいけばいいけど下手したらちょっとした事件だぞ?」
するとあいつは、少しも迷わずに
「そうなったらそれで良い。『悩む前にできることをしよう』だろ?」
俺はあいつの言葉を聞いてから、少し迷って
「・・・・・わかったよ」
と言った。
「それじゃ職員室にレッツゴーだ!」
あいつが言うと、俺達は全員校舎の方へ走っていった。
コンコン
「失礼します」
そう言うと俺達はあいつを先頭に職員室に入っていった。
そして、学年主任の所に行く。
十数人で訪ねてきた俺達に、多少とまどいながら学年主任は
「どうした?」
と訊いてきた。
「すみません、ちょっとお話したいことがあるのでどこか空き教室に移動してもいいでしょうか?」
俺が言うと、学年主任は
「あぁ、わかった。じゃあ移動しようか」
そう言って立ち上がる。
向かった先は、いつもの元宿直室、別名説教部屋だった。
「じゃあ・・・・・」
あいつが口を開けたその時
ガラッ
説教部屋のドアが開き、誰かが入ってきた。
「あ・・・・・」
入ってきたのは、あの人だった。
「ごめん、呼ばれてたんだけどちょっと途中でいろいろあって遅れた。でも間に合ったみたいだね」
そう言ってあの人は俺達の方へ歩いてくると正座した。
「じゃあ、始めましょうか」
あいつが挑戦的な目つきで学年主任の方を見つめた。
「学年集会の時の、『CDを無理矢理買わせるようなことをした生徒』というのは僕の事ということで良いでしょうか?」
最初に口を開いたのは俺だった。
「そうだ。昨日の朝に君たちと話をした通りだよ」
「わかりました。それではそれを前提に僕たちからも話をしていきます」
俺が言うと学年主任は黙って頷いた。
が、その目を見ると、「こいつらが何を言っても気にすることはない」と思っていることが手に取るように分かった。
しかし、そんなことを考えていては話も始まらない。
「では、それは誤解だということを言っていきます」
クラスの男子が言った。
「俺達はこいつに脅されて買ったんじゃありません。頼まれて自分達の意志で面白そうと判断したから買ったんです」
友人は『脅されて』と『頼まれて』ということを強調して言った。
だが学年主任の姿勢も硬い。
「生徒を疑うようなことはしたくない。だが、それも脅されて言っているんじゃないのか?」
「なんだと!?」
友人はキレかけるが、俺やあいつに止められる。
「落ち着け。ここでキレても俺達に良いことなんて1つもねーぞ」
「・・・・・わかった。そうだな」
学年主任は顎を指でなぞり、鼻で笑いながら言った。
「私の考えはそう簡単に変わらないよ」
「それでは――」
そこであの人が口を開く。
「それでは、僕たちが言うことは信じなくて構いません。」
あの人の言葉に俺達は驚いた。『信じなくて構わない』・・・・・?
「それの代わりと言うわけではありませんが、もう一度学年集会を開いていただけないでしょうか?」
「・・・・・何のために?」
尋ねる学年教師にあの人は無表情のまま答えた。
「その場で、昨日の言動が誤りだったことを生徒全員に伝えてください。」
「・・・・・はっはっは!」
学年主任が笑い出す。当然だろう。こんな唐突な答えを返されたのだから。
「何故私が君たちの言うことを信用しなくてもいいのにそんなことを――」
「先生が僕たちの言う事が口から出任せだと思っているのならそれでも結構です。それだったら先生も口から出任せで構わないので誤解を解いてください。お願いします」
学年主任の言葉を途中で制して、あの人が言った。
何もしゃべらなくなった学年主任の額から一筋の汗が流れ落ちる。
「な、なにを言っているんだ!そんな無茶な理由が通るはずがないだろう!」
あからさまに怒った表情を見せる学年主任。
しかし、その顔にはあきらかな動揺が見られる。
「少し無茶な理由になったかもしれませんが、僕たちが休日の今日、学校に来たのはそれを実行してほしかったためです。要求は早めに伝えておいた方が良いかと」
あの人はいたって冷静だ。
表情どころか、きっと心境もいっさい乱れていないのだろう。
「話し合いのようにしていたら拉致があかないよ。言いたいことはどんどん言っていかないと」
学年主任に聞こえないようにあの人が俺達に小声で言ってきた。
「OK」
友人の一人がそう返答すると、
「ちょっと話してもいいでしょうか」
と学年主任に問いかけた。
「あぁ、どうぞ」
学年主任が答えるのとほぼ同時に友人は机をバンと叩いて喋り始めた。
「俺達の中では嫌でCD買ってる奴は1人もいません。そのチクった奴の早とちりです。」
迫力にたじろいでいる学年教師をよそにしてそいつは続ける。
「それなのに、こいつらのことを一方的に怒ったそうじゃないですか?それはあんまりなんじゃないですか?」
「いや、それは・・・・・」
反論しようとする学年主任を遮り、そいつは今度は俺達の方を向いて、言った。
「お前ら、ここでもう1枚買おうって言ったら買うか?」
すると、今まで黙っていた他の男子が一斉にしゃべり出した。
「あったりめーだ!」
「買うに決まってんだろ!」
「1位にしたいから買ってやる!財布の中身なんて気にするか!」
「俺が好きで買ってるんだから買うよ、もちろん」
そんな答えをした俺達を唖然と見つめている学年主任に
「言いたいことはこれで全てです。お時間とらせてすみませんでした。では失礼します」
と言って俺達は学校を出た。
「ふぅ、言いたいこと言えてすっきりしたな!」
「あぁ、お前ナイスすぎ!」
学校を出てのんびり話をする俺達にあいつが言った。
「じゃ、CD屋に行くか?」
あいつの言葉に俺達は親指を突き立てて、言った。
「OK!」
その言葉が言い終わったと同時に俺達は校門を飛び出し、みんなでCDショップへと走った。
「でもさぁ・・・・・」
俺はCDショップへ向かう途中、友人に向かって言った。
「なんか、俺のために学年主任にいろいろ言ってくれて、こんなことまでしてくれて・・・・・。ありがとうな」
すると、友人は少し照れくさそうな顔をした。
そして、その中の一人が一言言った。
「ばーか」
俺は一瞬固まった。
「なにがバカなんだよ、いきなり・・・・・」
愕然として言うと、そいつはまた
「馬鹿。」
と言ってから今度は言葉を続けた。
「別にお前のために教師に反抗してあんなことしたわけじゃねーよ。俺は俺が大事にしてきたものを汚されたような気がしただけ。」
そう言い切ると親指を突き立ててこっちを見た。
俺は笑って
「そうか。とりあえず、ありがとうって言っておくよ」
と言った。
「おう、ま、気にするなってこった」
照れくさそうに笑うと
「じゃ、CD屋に行こうぜー!」
と言って早歩きで歩き出した。
――CDショップ
「俺達が全員買えるくらいあるかな?」
「なかったら他の店も探せばいいんじゃね?」
としゃべりながらCDショップに入っていった。
そして、新作のコーナーに行くと、そこにいたのは――
「あ、あれ・・・・・」
「あ、あ――」
そこにいたのは、彼女だった。
「お、こんなところで珍しいな」
友人の一人が言った。
「え、あ、あの――。その、『ハッピー☆マテリアル』ってCD買ってみようかと思って――」
彼女がそう言うと、みんなはあからさまに驚いた顔をした。
女子が、しかも他クラスの女子がハッピーマテリアルを買うなんて思ってもいなかったのだろう。
「えっと、これでいいんだよね――?」
そう言って彼女が指さした先には、ハッピーマテリアルが置いてあった。
しかも、山積み。
「そうそう。それ」
俺がそう言うと彼女は
「うん、ありがとう。じゃあ買ってくるね――」
と言ってレジの方に走っていった。
「じゃあ俺らも買うか・・・・・って、凄い量だな。軽く30枚は重ねてある」
「それだけ売れてんのかな?」
「まぁ、とりあえず買おうぜ」
「はは、みんなで一人ずつ行ったらレジの人ちょっと可哀想だな」
みんなで少しずつ分散しながら1枚ずつレジでCDを買う。
「OK、俺これで3枚目だ」
「甘いな。俺は5枚目だぜ」
面白可笑しくそんな会話をする。
それがなんだか楽しかった。
「でも隣のクラスで真面目そーなお前が買ってるとは思わなかったな――」
友人の一人が彼女に話しかけた。
「それにさ、学年集会でなんか悪い評判聞いたじゃん?なんで買ったの?」
「え、えと・・・・それは・・・・・」
口ごもる彼女。
「それは?」
問いつめる友人。
「みんなが、そんな無理矢理なんてするような人じゃないって思ってたから――・・・・・」
消え入りそうな声で恥ずかしそうに言う彼女を見て、友人は
「おぉ、そうか。いやー、わかってるなー。ありがとうありがとう」
と笑いながら言った。
彼女の顔からも、自然と笑みがこぼれた。
家に帰ったのは7時過ぎだった。
あれから俺達は他のCDショップを回ったり、あいつの家に遊びに行ったりして結局、買ったCDは全員で23枚。
「ただいまー」
家に帰ると家は静まりかえっていた。
両親は今、仕事だが、いつもならハピマテが元気よく迎えてくれるはずだった。
――どうかしたのかな?
俺はそう思い、部屋に入った。
――と、ドアを開けると、そこにはハピマテが体育座りをして座っていた。
空気が重い。
「ど、どうしたんだ?そんなところに座って・・・・・」
「だって、だってぇ・・・・・」
涙声のハピマテがパソコンの方を指さした。
そこには、オリコンのデイリーランキングが載っていた。
「順位、あがってないよ・・・・・」
ハピマテの言った通り、順位はあがっておらず、逆に下がっていた。
俺は買ってきたCD5枚をハピマテに見せた。
「ほら、今日はこれだけ買ってきたぞ。クラスのみんなも強力してくれて合計で23枚も買った。だから大丈夫だよ。ほら、泣いてないで」
涙で揺れる瞳をこっちに向けるハピマテ。
「ホントに大丈夫かな・・・・・?」
「大丈夫。明日、残りの金で買いに行こう」
そう言うとハピマテは袖で涙を拭くと
「うん!」
と笑顔で答えた。
――月曜日。
日曜日には、10枚のCDを買い、6月度は俺だけで40枚のCDを買った。
他にも友人からの支援があったので80枚は軽く超えているだろう。
VIPでも、かなりの枚数を稼いでいるようだ。
もう、やり残したことは1つもない。あとは結果発表を待つだけだ。
「おはよう」
そう言って教室に入ると教室はなんだか騒がしかった。
「ん、どうしたんだ?」
俺があいつに訊くと、あいつは黙って黒板の方を指さした。
黒板には、こう書いてあった。
1時間目は学年集会です。朝の会の時間に移動してください。
担任の字だった。いささか嘘ではないらしい。
「これはひょっとしてひょっとするんじゃね?」
あいつが言ってきた。
俺も一瞬は期待した。
が、すぐに考えを改め尚した。あれだけ自己中な学年主任が俺達の言ったことを素直に受け止めるはずがない。
「違うと思う」
俺がそう言うとあいつはため息をついて
「そうだよなぁ・・・・・。またなにかしら説教食らうんだろうなぁ・・・・・」
そういいつつ、俺達は体育館に向かった。
「えー、それでは学年集会を始めます」
学年主任が言葉を発した瞬間、今までざわめいていた体育館が急にしんとなった。
「今日、突然学年集会を開いたのは、金曜日にお話した事についてです」
あいつと顔を見合わせる俺。
「率直に言いますと、あの時に、お話した『ある生徒がCDを無理矢理買わせようとしている』というお話は、私共の早とちりでした。」
生徒全体からざわめきが起こる。
が、一番驚いたのは俺だっただろう。
一瞬、我が耳を疑った。まさか、本当に――?
そんな俺達のざわめきを聞き入れないかのように、学年主任は話しを続ける。
「金曜日の学年集会によって、一部の生徒に肩身の狭い思いをさせてしまったことを、深くお詫びいたします。本当に申し訳ありませんでした」
頭を下げる学年主任。他の教師も頭を下げる。
「・・・・・」
俺は言葉を出すこともできなかった。
教師が、生徒にこんな大々的に謝罪を行うなんて、前代未聞だろう。
それを俺達がやってのけてしまった。
――ありえない・・・・・
それが俺の考えついた最初の言葉だった。
俺は、しばらく唖然としていた。
「これで学年集会を終わります。それでは各自教室へ戻って自習です」
という学年主任の言葉で、生徒の中からまたざわめきが起こった。
――水曜日。
今日は、そう。
ハッピー☆マテリアル6月度ウィークリー発表日
朝、起きて目を開けると目の前にハピマテの顔があった。
「・・・・・おはよう」
「おはようー!」
俺は驚きながらも起きあがる。
「びっくりしたな・・・・・。いきなり――」
「今日はいよいよだねー!」
俺の言葉の途中でハピマテが言った。
「・・・・・うん。そうだね」
昨日から出張の親の代わりに朝飯を作る俺。
「いっただっきまーす!」
ハピマテが朝飯を食べる。俺も食べる。
俺は飯を食べ終わり、手を合わせる。
部屋に戻ってカバンをとってくる。
靴を履く。ドアのノブに手をかける。
「いってきます」
ドアを開ける。
「いってらっしゃーい!」
ハピマテの声を後ろに俺はドアを閉め、歩き出す。
空を見上げる。
晴れた空に浮かぶ太陽がまぶしい。
今日は、一つ一つの動作が、鮮明に感じる――
ガラッ
「おはよう」
教室に入ると、みんなが俺を迎えてくれた。
「いよいよ今日が発表か」
「やれるだけのことはやったよな」
「あとは今日の7時を待つだけだ」
「俺、パソコン持ってないから結果出たら誰かケータイにメールくれ。頼んだ」
話題は、ハッピー☆マテリアルのことで持ちきりだった。
『アンチオタク派』『アニソン否定派』の女子達は白い目で見てくるが気にしない。
この学年全体では、こちら派の方が人数では圧倒的だからだ。
キーンコーンカーンコーン・・・・・
チャイムがなり、担任が教室に入ってくる。
「それじゃぁ、朝の会を始めるぞー」
放課後、俺は彼女に呼び出されて、屋上に行った。
「どうしたの?」
俺が屋上のドアを開け、彼女に言った。
彼女が、口を開く。
「別にここで言うことでもないんだけど、教室で言ったら他の女の子達に変な目で見られるから――」
彼女はそう言って、話を始めた。
「私、あんまり男の子と話したことなかったんだ。こんなにいっぱい話するのも、あなたが初めてだったかもしれない」
空を見上げる彼女。
「でも、この前・・・・・日曜日にCDショップでみんなと会って、話をした時、私、嬉しかった。あの時、いろんな人と仲良くなれたような気がしたから」
今度は俺の方に向き直って笑顔を見せる。
「私って、小さいころから友達作るの苦手だったから。あなたみたいにいつも友達に囲まれてるのって幸せだなって思ってた」
思えばそうなのかもしれない。
しらないうちに友達ができていた。それが、幸せだなんて思ったこともなかった。
「私、あなたと出会えてよかったと思った。あなたと出会えたからハッピーマテリアルのことも知れた。そのハッピーマテリアルのおかげで、友達もできるような気がする」
彼女は深呼吸して最後の一言を言った。
「私に幸せをありがとう」
家に帰ると、ハピマテが待っていた。
俺は彼女が言っていたことを忘れられずにいた。
――「幸せをありがとう」か・・・・・。ハピマテは本当に幸せの材料なのかも・・・・・
俺がそんなことを考えていることも知らず、本人はにこにこしている。
「ほら、7時になるよ。オリコンオリコン!」
「そうだったそうだった」
俺はそう言うと、部屋に入り、パソコンの電源をつけた。
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(第四十三話から第四十七話まで掲載)