結果が表示された。
 1000%SPARKINGの横に表示されていた文字は、7。
 7位。7位で、終わってしまった。
 俺とセンスパはしばらく何も喋らなかった。
 その沈黙を破ったのはセンスパの方だった。
「・・・・・駄目、でしたね」
「・・・・・うん」
 俺は何も喋る気になれない。それはセンスパも同じなんだと思う。しかしセンスパは、無理をしたように声を出す。
「これで、貴方ともお別れです。短い間でしたけど――」
「ちょっとまった」
 俺はセンスパの言葉を途中で制した。
「もし、もしもセンスパが一位になってたら、どうなってたの?」
 俺は疑問に思っていたことを思い切って質問した。心残り、という奴だろうか。訊かずにはいられなかった。
「もし、ですか?・・・・・分かりました、お話します」
 センスパは俺の方をじっと見て軽く深呼吸をすると、続けた。
「私が一位になっていたら、私はこの世界の住人になっていました。そういう誓約だったからです。一位になったら私は一度消えて、貴方の記憶から消えた後、また改めてこの世界に形として作られていたはずです。そのときは、一人の人間として」
 そう言うセンスパの声はとても冷静だ。
「もちろん姉さんもその誓約でこちらに、物後の世界に来ていました。そうなることを夢みてこちらに来る"物"は多いですが、成功した例は非常に稀です」
「・・・・・」
「――この説明で、満足しましたか?」
 センスパの言葉に俺は頷く。
「・・・・・うん、ありがとう」
 そして、沈黙が訪れる。今まで味わった中で一番嫌な沈黙だった。
「私も、結局一位にはなれませんでした」
 センスパが言った。俺は何も言わず、それの続きを待つ。
「それどころか私、姉さんほどみんなに好かれていなかった」
「何もそんな言い方しないでも・・・・・」
「だって、そうじゃないですか。7位ですよ?この穴場週に・・・・・」
 投げやりな言葉だが、哀愁を漂わせたそれは、俺の心を痛めつけた。しかし、センスパの心は俺以上に傷ついていると思う。
「もう、何もないんです。私が非力でした。それだけ。これで、貴方ともさよならなんです」
「そうだけど――」
 俺はセンスパの言葉を半分遮るように、大きい声を出した。センスパは驚いたような表情を見せた。俺は、それを見ながら続ける。
「それでも、センスパは確かに俺に思い出をくれたんだ。一位になっていたらセンスパの記憶は俺から消えていたんだろう?だったら俺はこうなっても、良かったとさえ思ってる」
 本心だった。嘘ではない。
「俺も、もちろんセンスパと別れなんてしたくない。したくないけど、センスパと過ごしたこの2ヶ月を俺は忘れることは、絶対に拒んだと思う。それだけセンスパとの生活が楽しかったっていうことさ――。みんなから好かれていなかったなんて、関係ない。俺はセンスパが好きだった。一緒にいて楽しかった。それだけで、十分じゃない?」
 センスパは俺の顔を見つめて、その後に微笑んだ。
「ありがとうございます――。私・・・・・、嬉しいです」
 見つめ合う。
 時間が流れる。
 この時間の流れは、嫌いではない。
「キス・・・・・、しましょう?」
 センスパが言った。
 俺は何も言わずにセンスパの唇を奪った。センスパは驚く様子もなく、そのまま俺を受け入れてくれた。長いキス。そして、深い。
 その長く、深く、熱いキスの体感時間はとても長く感じられた。
 息継ぎをして、センスパは顔を離す。
「私、貴方のこと忘れませんよ」
「俺も、きっと忘れない」
 時間の流れはきっと、緩急がある。緩やかなほど、体感的には早い。そういう仕組みになっているのだと思う。きっと、そうに違いない。
「さて、そろそろ時間です」
 センスパはそう言って立ち上がった。ハピマテは突然熱を出して倒れ、この世界を去っていった。しかしセンスパは具合が悪い様子はない。俺が
ハピマテのときとは、少し違うみたいだね」
と言うと、センスパは
「はい」
と頷いた。とても冷静な様子だ。これから別れを告げる雰囲気には、とても思えない。
「姉さんはこちらの世界を離れる際、それを心の中で拒んだ。だから、こちらの世界での"死"という無理矢理な方法が使われたんです。私はそうは思っていません。自分で、こちらを経ちます」
 そう言った後にセンスパは部屋の窓を開けた。風が入り込み、センスパのスカートと髪の毛を揺らす。ここは二階であるため、一階より周りの景色が多少はみえる。既に完全に夜景だ。
「ちょっとまって」
 俺はセンスパの後ろ姿を見ながら言う。
「今の俺と昔の俺、ハピマテがいたころの俺が決定的に違うのは、俺が中学生か高校生かということだ」
 そう言ってから俺は部屋の電気を消した。外からの光だけが入ってくる。暗闇の中でぼんやりと見えるセンスパの顔は俺の方をしっかり見つめていた。
「時間は少ししかないの?・・・・・少しでもいい。今の俺の身体なら、十分にすることができる」
 もちろんそれが現す意味は、一つしかない。俺はベッドの横を少しだけ開けた。最後にセンスパのぬくもりを確かめたい、と思う気持ちが、少しだけあったのだ。
「もちろん、センスパが望むのなら、だけど」
 続けた言葉をセンスパはちゃんと受け止めてくれたようだ。その後に少し考え込み、その少しの間に答えを出したセンスパは、笑いながらこう言った。
「遠慮しておきます」
 そう言いつつも笑顔のセンスパを見ていると、俺の顔にも笑顔が浮かぶ。
「そっか。それでこそ、センスパなのかもしれない」
 自分が馬鹿らしくなってきた。最後の最後に、俺は何を言っているのだろう。
 なにもかもが、儚い。
 電気が流れていない蛍光灯も、窓の外から入ってくる風も、俺も、センスパも、何もかもが――
「それでは、そろそろ――」
 センスパが言う。俺は無言のまま頷く。
「名残惜しいなぁ・・・・・」
 窓の方に背中を向けて、俺の方を見ながら立っているセンスパは呟いた。
「でも、行かなくちゃ」
 なんだろう。
 俺の頬を伝う、
 涙?
 その液体はもう流すつもりはなかったのに、
 だが、それが俺の中に残っていたことには、
 少し、感動する。
「ありがとう。それと、さようなら――」
 センスパの身体がからふわっと力が抜けたように見えた。その身体が後ろにのけぞる。時間がゆっくりと進む。俺は何も言うことができない。センスパは、笑顔だ。その笑顔の目からは、涙が止めどなく流れている。しかし、笑顔なのだ。
「楽しかった・・・・・」
 そう告げると、センスパは窓の外へ、頭から落下した。
 ここは、二階。
 少ししても、物が落ちるような音はしない。しかし、この場にセンスパはもういない。
 俺は窓の方に近づく。身を乗り出して外を見る。真下を確認しても、センスパの姿はない。少し横の方に目をやるが、やはりそこにはセンスパはいなかった。
 行ってしまったか――
 だが、そうであったとしても、俺はもう悲しまない。
 センスパは、ハピマテと共に俺に沢山のものをくれた。だから、悲しむ必要はない。それに、俺の部屋にあるセンスパのCDの存在を俺が忘れない限り、センスパは居なくなることはないのだ。そして俺は、それを死ぬまで忘れるつもりはない。
 死んでからも、ハピマテとセンスパ、この二曲が伝説として世の中に残り続けることを、俺は祈っている。
 だから、悲しむ必要はない。
 センスパは俺の記憶の中で生き続ける。そうだ、センスパのことを忘れるよりも、こうして俺の中でずっと生きている方が幸せなのかもしれない。それは俺の過剰意志だろうか。そんなことは、ないはずだ。
 今までありがとう、センスパ。
 そしてこれからも、ずっと、


 快濶であってくれ。




―― Fin…――


                  (70話掲載)