「・・・・・」
メールを見終わってから、俺は言葉もなにもでてこなかった。
――彼女以外に好きな人・・・・・?
俺の頭の中にあの娘の顔が浮かんだ。
――いや、でも違う。
俺はその考えを即座に否定する。
あの娘と彼女に同時に告白された。
そこで俺は彼女の方を選んだんだ。
だから、あの娘の事が彼女より好きなことはないと思う。
逃がした魚は大きい、と言うがこれはやはり違うだろう。
俺はいつかどこかで聞いた言葉を思い出す。
『女は恋に関する勘が鋭い』
俺は少し真剣に考えてみることにする。
学校の中で、好きになったことがある人――
あの娘と、彼女。それだけ。
と、その時
「ねぇねぇ、なに?メール?だれから?」
不意にハピマテが話しかけてきた。
俺はドキッとしつつも携帯の液晶を隠す。
「隣のクラスの子からだよ」
「ふーん、『子』っていうことは女の子からかぁ・・・・・」
ハピマテが流し目でじっと見てくる。
たじろぐ俺。
「へへ、別にいいよー。15歳なんだから女の子とメールくらいするよねー」
「う、うん・・・・・」
そう言ってからハピマテから目をそらす俺。
――彼女より好きな女の子・・・・・
そして、ハピマテの方を見る俺。
何も知らないハピマテがにっこりと微笑む。
――まさか・・・・・
そう思ってから俺は首を大きく横に振った。
――まさか、そんなことあるはずないよな・・・・・
そう思いつつ、俺は彼女にメールを返信した。



俺は君のことが一番好きだよ。
そうじゃなきゃ、告白にOKしたり一緒に遊園地に行ったりしないよ。



俺が送信すると、メールはすぐに返ってきた。



ごめんね。突然変なこと訊いちゃって。
なんだか急に不安になっちゃって。本当にごめん!
でも、よかった。私、安心したよ。
じゃあ、おやすみなさい。


俺は、メールを読み終えると、安心のため息をついて、携帯をしまった。


そして、時は過ぎ、ついにハッピーマテリアル6月度発売前日。
「おはよう」
俺がクラスに入っていくと俺の周りに友達がたくさん集まってきた。
そして、その中の一人が得意げにバッグから紙袋を出した。
「へっへーん。学校に来る前に買ってきたぜ!俺の親戚が近くでツタヤやってるからさ。早めに店開けてもらったんだ」
すると、他の友達から拍手がわき起こる。
俺も
「マジでありがとう。感謝する」
と言う。
「礼にはおよばねぇよ。俺は楽しんで買ってるんだから」
と言ってくれる。
俺のクラスはそんなクラスだ。
「俺も今日の帰り買おうかな。あれ、発売日の方がいいんだっけか?」
あいつが訊いてきた。
「発売日の方が都合はいいけど、今日でも構わないよ。」
と答えた。
笑いながらハピマテの話をするみんなを俺も笑って見ていた。


――ハッピーマテリアル6月度、発売日。
VIPで、俺は新しい情報を見つけた。
8月にアニメのネギま、最終回で放送された特別なハッピーマテリアルのCDが8月に出る。
それが最終バージョン、という情報だ。
だが俺の気持ちは変わらない。
6月度バージョンで1位を取る。
俺はそう心に誓っていた。そのためには出来ることは全てやるつもりだった。
「じゃあ、行ってくる」
「いってらっしゃーい」
ハピマテに見送られ、俺は学校へ出発した。


「おはよう」
俺がいつものようにクラスに入っていくと、昨日のようにみんなが出迎えてくれた。
「おう!昨日、1枚買ったぜ!」
「俺も1枚買った!今回は特別にもう1枚買ってやるよ」
そう言いながらCDを持ってみんなが近づいてくる。
「買ってくれたみんな、ありがとう」
俺は感謝の心をできるかぎりこめて、お礼を言った。
「お前ら財布は持ってきてるよな?」
近くに先生がいないことを確認してから、あいつが言った。
「あぁ」
「もちろん」
みんなが返事をする。
「じゃあ今日の返り、CDショップに寄ってハッピーマテリアル買っていかね?」
「お、いいね!」
「みんなで買った方が盛り上がるかもな!」
あいつの提案にみんなが賛成する。
もちろん俺も
「OK、分かった。買いに行こう」
と言う。
俺は少しだけ、放課後が楽しみになった。


――放課後。
「よし、じゃあまずはツタヤだ」
あいつを先頭に5〜6人の男子がハピマテを買いに行く。
「おい、忘れるなよ。まとめ買いは――」
「わかってるって!1枚ずつレジに持っていくんだろ!」
俺の言葉を途中で制してあいつが言った。
「そう。よろしく頼むよ」
「はいはい」
みんながハピマテを1人1枚手に持ってレジへと向かう。
もちろん、会計は別々だ。
俺は、とりあえず財布に入っていただけの金を使って3枚、あいつは2枚購入。
他のみんなは1枚ずつだ。
「よっしゃ、じゃあ携帯持ってきたから記念写真撮ろうぜ!」
あいつが言う。
俺達は近くの公園に行ってみんなでジャングルジムに上る。
近くにいた小学生にたのんで写真をとってもらう。
「はい、チーズ!」
カシャッ
カメラの音が響く。
「おう、サンキュー、坊主」
あいつが小学生から携帯を受け取り、保存された画像を見る。
そこには、ハピマテを持ちながら笑顔で笑っている俺達が写っていた。


「ただいまー」
「おかえりー。遅かったねー」
ハピマテに出迎えられた俺は
「うん、クラスのみんなでCD買いに行ってたから・・・・・」
と言った。
「じゃあ、私とも行こう!」
「分かった分かった。ちょっとだけ休憩させてくれ・・・・・」
俺はそう言い、自分の部屋に入る。そして、パソコンの電源を入れる。
「とりあえず3枚買ってきた」
俺がそう言ってハピマテにCDを見せるとハピマテは、
「わーい!ありがとー!嬉しいよ!」
と笑顔をつくってみせる。
俺もつられて笑う。
「じゃあ買いに行くか!」
「いざ、出陣ー!」
ハピマテがおどけた表情でそう言うと、手をぐっと振り上げた。
俺はそんな様子を見て笑っていた。


ハピマテとCDショップを渡り歩いて買ってきた数、10枚。
日曜日までもっと買うつもりでいるから、今のところは打倒な数だろう。
「あ、そろそろ7時だよ」
ハピマテが言う。
「本当だ。もうこんな時間か・・・・・」
そう言って、パソコンの電源を付ける俺。
机の上に置いてある電波時計をじっと見続ける俺とハピマテ
そして、その時計が、7時になった瞬間、俺は更新ボタンをクリックした。


「おはよう」
金曜日、俺が学校に行くとまたみんなが迎えてくれた。
「デイリー、フラゲ分3位か。前よりいいな」
「今回は行ける臭いがプンプンじゃね?」
「敵はミスチルと氷川だけっぽいな。他はもう目に入らん」
そう、デイリーランキング、発売日前日分は3位だった。
前回は4位。前よりも好発進だ。
しかも、デイリー分、発売日分は売り上げが倍近くになるだろう。
1位のミスチルは2周目。これは、本当に行けるかもしれない。
その時、
ガラッ
とドアが開いたかと思うと、学年主任の先生が入ってきた。
一瞬にして静まりかえるクラス。
学年主任は俺の方に近づいてくると
「きみ、ちょっと来なさい」
と俺に言った。
友達は俺の方をぽかーんとしながら見ている。
俺も何故呼ばれたかわからなかった。
学年主任の顔は厳しい。なにか怒られる証拠だ。
俺はそのまま、廊下へと出て、茶室のような所に連れて行かれた。
恐らく昔、宿直室かなにかだったのであろう茶室。
呼び出されて、怒られる時は必ずこの部屋とおそれられている部屋だ。
「えーと、それで何か・・・・・」
恐る恐る訊く俺。
学年主任はゆっくりと口を開いた。
「お前、クラスの友達にCD買わせてるんだって?」


「あいつなにやったんだろ」
「さぁ?悪いことするやつじゃないと思うけど・・・・・」
そんな会話が聞こえる教室に俺は駆け込んで、
「ごめん、すまないけどちょっときてくれ」
とあいつに言った。
友達が
「どうしたんだよ?」
と訊いてくるが、俺は
「後から教える。今ちょっと急いでるから・・・・・」
と言ってあいつの手を引っ張って隣のクラスに行く。
そして、
「ごめん。ちょっときて」
とあの人を呼ぶ。
「なにか用?」
あの人が訊いてくる。あいつも
「どうしたんだよ?何があった?」
と訊いてくる。
俺は、学年主任から言われたことを思い出しながらあいつとあの人に説明し出す。
「それが――」


「お前、クラスの友達にCD買わせてるんだって?」
学年主任に言われて俺はドキっとする。
「え、あ、はい」
俺は素直に返事をすることにする。ここで嘘を言っても不利になるだけだから。
「それで、買った証拠にそのCDを学校に持ってこさせてる、と」
別に俺が持ってこいと頼んでいるわけではなかったが、間接的に言ったようなものだ。
「はい。すみません。学校にCDを持ってきてはいけないことは知っていました。反省します」
すると、学園主任は自分の顎の線を指でなぞりながら、言った。
「そこも問題なんだけど、一番の問題はそこじゃないんだよねぇ・・・・・」
俺は不思議に思った。一番の問題はそこじゃない?
「それって、どういうことで・・・・・」
俺の言葉を途中で遮って、学年主任が言う。
「分からない?分からないの?」
こういう時、教師は意地悪だ。自分で反省させようとする。
が、俺は何の事だかさっぱりだ。
「分かりません」
俺の言葉を聞くと、学年主任は頭をかきながら、ため息をついて言った。
「きみ、クラスの友達を無理矢理脅してCD買わせてるんでしょ?自分の私利私欲のために」
「・・・・・え?」
「とぼけても無駄なんだぞ?」
学年主任が言ってくるが、俺にはまったく身に覚えがないことだ。
「そんな、脅したりなんかしてません。それに無理矢理なんて・・・・・」
「もう一度言おう。とぼけても無駄なんだぞ?」
俺はため息をついた。人の話に聞く耳を持ってない。
「僕ももう一度言います。脅したりも、無理矢理強制もしていません。頼んで、了解してくれた人だけが買っています」
「その頼み方が強引だったんじゃないのか?」
「ですから、違います」
学年主任は頭をかく。
「じゃあ、お前と一緒にCDを買わせていた奴を連れてこい」
「え?」
俺は一瞬、我が耳を疑った。
「だから、お前とグルになってCDを買わせていた奴を連れてこいと言っているんだ」
俺は、確信した。
――完全に誤解されてる・・・・・
「みんなにCDを買ってくれ、と頼んだのは僕一人だけです」
「嘘をつくな!」
バン、と机を叩く学年主任。
「お前一人だけでこんなほぼ学年全体全員の男子がCDを買うような事態になるとでも言うのか?」
――学年全体・・・・・。そんなに発展してたのか・・・・・
「僕だけでやりました。後は噂なんかで人から人へと伝わっていったのではないでしょうか」
「いいから連れてこい。連帯責任って奴だ」
「・・・・・はい」
俺はそう言うと席を立った。
これ以上言っても、俺が嘘をついているとしか思われない。
俺は部屋を出ると一目さんにクラスに戻った。


――俺は、あいつとあの人に学年主任から言われたことを事細かに話した。
「こういうわけなんだけど・・・・・。ごめん、二人が俺と一緒に活動してたわけじゃないけど・・・・・。俺に頼れるのは二人しかいなかったから」
すると、あいつとあの人は
「分かった。やってやろうじゃねーか」
「朝の会で暇して座ってるよりはいいかな・・・・・」
と承知してくれる。
俺は
「ありがとう」
とだけ言って、元宿直室へと入った。


「失礼します。連れてきました」
入ってきたあいつとあの人を見て、学年主任は少し驚いた顔をした。
当たり前だろう。あいつはともかく、超優等生のあの人が入ってきたんだから。
「きみもだったのか・・・・・。まぁいい。話を聞こうか」
俺達は畳の上に腰を下ろすと、あいつから話し始めた。
「なんのことかはこいつからだいたい聞きました。言うことはこいつと同じことしか言えないです。俺はみんなに『良ければ買ってくれ』ってお願いをしました。みんなはそれを了解してくれました。それだけです」
「彼と同じですね。言うことはそれ以外ありません。・・・・・では、先生の言い分を聞きましょうか」
流石と言えば流石だ。
あいつもあの人も、口喧嘩馴れしている。
「きみたちの言っていることは信用ならん」
「何故先生はそのことをお知りになったんでしょうか」
あの人が訪ねる。敬語ながらも威圧感がある言葉遣いだ。
「ある者が私の所に『無理矢理CDを買わせようとしている男子がいる』と言いにきた」
「『男子が』ということは、言いにきたのは女子ですか」
即座にあの人が指摘する。学年主任は怒るペースを乱され、少したじろいている。
「別に誰が先生に言いに行ったのでも、関係はないんですけどね」
「ま、まぁ、それは良いんだ。で、誰が言い出したんだ?」
「僕です」
俺がすぐに答えた。これは本当のことだから。VIPの初代1も俺なわけだし。
「で、お前は女子生徒のいうことが口から出任せだと言い張るのか」
「口から出任せだとは言いません。何か誤解していると言っています」
俺も負けじと抵抗する。しかし、その時
キーンコーンカーンコーン
とチャイムが鳴った。
「まぁ、今日はここまでだ。今日、この事について学年集会を開くからな」
学年主任はそう言うと、俺達を元宿直室から追い出したのだった。


学年集会はその日の5校時目に開かれた。
「学校生活は常に友人関係を維持することが必要です」
という言葉から始まり、さっき学年主任から言われた事を、俺の担任がみんなの前で喋った。
CDを無理矢理買わせるようなことをした生徒がいる。
俺やあいつ、あの人が誤解だと言った事を聞き入れずに『無理矢理』、『脅し』、『友人関係の破壊』という言葉を存分に使っていた。
名指しはしなかったものの、俺はクラス中の男子に買ってくれと頼んでいたし、大半の女子はそれを見ていただろうから、買わせようとしていたのが俺だということは一目瞭然だっただろう。
――そういえば5月度発売のときも誤解からトラブルになったんだっけ・・・・・
担任の話をききながら、俺はそんなことを考えていた。
――この前は、彼女のおかげでなんとかなったけど、今回こそはみんなに嫌われちゃうかもな・・・・・
なんたって教師という権限は強力だ。
みんな、教師に反抗心を持っていても、「こうだ」と言われてしまえばみんなそれを鵜呑みにする。
「学校というものは団体で生活していく場です。チームワークを乱すことは大きなことです。みんなもそう言うことには気を付けましょう」
担任はそう言って話を閉めた。
隣にすわっているあいつの顔は暗い。
あの人は平然といつもの表情を崩さずに座っている。


教室に戻り、休み時間になった。
と、クラスの男子がどっと俺の所に集まってきた。
「おいおい、なんだなんだ?朝呼び出しくらったのはあの事なのか?」
みんなが訊いてくる。
俺は
「あぁ、そうだよ」
と返事をした。
みんなはそのまま何も言わずその場を離れるだろう。
教師の言った無責任な言葉を鵜呑みにして。俺が影で脅しをきかせていると思いこんで。
俺はそう思っていた。
が、みんなの反応は俺の考えをことごとく裏切った。
「おいおい!お前、脅したりしてねーよな?」
「少なくとも俺はみんなが騒いでて面白そうだったから買ってみただけだぞ」
「あぁ、俺もだ」
「無理矢理買わされてなんかいねーよ」
みんなの反応は暖かいものだった。
予想外。この一言に限る。
「え?じゃ、じゃあ・・・・・」
俺が言うと、みんなは
「誰もお前のこと疑ったりしてねーよ」
「お前のこと、みんなが怖がって避けるとでも思った?」
「ははは、バーカ!3年間も一緒に生活してるんだからお前の性格くらい分かるっつーの!」
と言ってくれた。
俺はなんだかほっとした。
あいつも俺の隣でいつもの笑顔を見せていた。


家に帰った俺はいつものようにVIPをしていた。
――みんなはあんなこと言ってくれたけど女子はまだ俺のこと疑ってるだろうな。男子に分かって貰えたらいいんだけど・・・・・
俺は心のどこかでそう思っていた。
そして、7時になった。
オリコンのサイトを更新。デイリーランキングは――


3位


発売日のランキングは昨日と変わらずの3位だった。
「3位・・・・・」
ハピマテがつぶやく。
正直、「まずい」と思った。
アマゾン組が残っているとはいえ、発売日が3位はまずい。
が、俺はその心情を隠し、ハピマテには
「大丈夫。まだアマゾン組もいるし、明日また買いに行こう」
と言った。
と、その時、携帯が震えた。
「メールか・・・・・」
そう言って携帯を手に取る。メールの差出人はあいつだった。
そして、その内容は



なんかしらんが明日の10時に財布持って校門前集合だそうだ。
絶対参加、欠席厳禁だそうだからこいよ。



       (第三十八話から第四十二話まで掲載)