「でもさぁ・・・・・」
ホテルへの帰り道、ハピマテが話しかけてきた。
そして、その手は、俺の手を握っている。
「・・・・・付き合ってる人・・・・・いるんでしょ?」
「え?」
俺はハピマテの言葉に驚いた。
「え・・・・・い、いるけど・・・・・」
渋々と答える俺。
彼女とは、『付き合ってる事は内緒』という約束だったがもうあの人にもハピマテにもバレてしまった。
「で、でもなんでそんなこと・・・・・」
俺が聞くとハピマテは笑って
「だってそれくらい分かるよー。部屋に一人で閉じこもってメールしたり、休日に行き先告げずに一人で出かけたり――」
「そ、そう言われればそうだな」
ハピマテは、あはは、と笑うと
「だって私、音楽だけど、女の子だもん。それくらい分かるよー」
――女の子っていうのはそういうものなのか・・・・・
なにせ、彼女とあの娘に告られるまで、異性経験がまったくなかった俺だ。
そんなことを今知ってもおかしくないと思う。
「そういうもんなんだ・・・・・」
「そういうもんだよー」
そう言うとハピマテは俺の手を離し、一人で走り出した。
「あ、ちょっとまって・・・・・」
「『あーん、まってよー』って言ったら待ってあげる!」
「ん・・・・・なら待たなくて良い。」
「嘘だよ。ほら、早くはやくー!」
ハピマテは笑うとその場で立ち止まった。
俺はハピマテの方に向かって走った。


ホテルに到着。
「あら、仲直りできたみたいね」
母親に言われ、俺は
「うん」
と一言答えるとベッドに横になった。
「今日は寝ないようにしないとな」
俺が笑って言うと
「そうだねー」
「そうね」
ハピマテと母親が答えた。
「今日の夕飯は7時に昨日のレストランよ」
「7時か・・・・・ならまだ時間あるな・・・・・」
俺はそう言うと
「じゃあちょっと下の売店にでも行って来るかな」
と言って立ち上がった。
「じゃあ私も――」
ハピマテもそう言って俺についてくる。
「すぐ戻ってくるよ」
「いってらっしゃい」
俺とハピマテはそう言うと部屋を出て、エレベーターに乗った。
――彼女におみやげ買わないとな・・・・・。あとあいつにも・・・・・
そう思ってるうちに、ふとあの娘の顔が浮かんだ。
――あの娘には買った方がいいのかな・・・・・
そう考えていると、ハピマテが俺の顔をのぞき込んできた。
「どうしたの?ほら、1階についたよー」
「あ、ごめん。ぼーっとしてた」
そう言うと俺とハピマテはエレベーターを降り、売店へと入っていった。
「ねぇねぇ、これとかどうかな」
ハピマテがそう言って手にとったのは、横浜ベイブリッジのペンダントだった。
「ん、なかなかいいかも。えーっと、1000円か。安いな」
「じゃあこれ買おっか」
ハピマテが言うが、俺は
「ちょっとまった。明日帰る時に買おう。なにも急いで買うこともない」
と言って制した。
本音は、あの娘になにか買うべきか、悩んでいたから。
――今までずっと仲良くしてきたけど、振っちゃったし、あいつと付き合ってるらしいし・・・・・
「そうだねー」
そう言うとハピマテは、ジュースを買って
「じゃ、部屋に戻ろ!」
と言って微笑んだ。


「今日で横浜も最後かぁ・・・・・」
朝起きて、ハピマテが言った。
「そうだな・・・・・」
欠伸をしながら言う俺。
「帰りの新幹線は夜の8時だから夕ご飯はこっちで食べていきましょう」
母親は、そう言うと
「じゃ、朝ご飯食べにいきましょ」
と支度をしだした。


「じゃあ、ホテル出ましょうか」
「あ、まって。売店でおみやげ買うから」
俺はそう言って売店へと走った。
「うーん、じゃあこれにしようかな」
俺が手にとったのは、昨日見ていた横浜ベイブリッジのペンダント。
コスモワールドの観覧車の絵が描いてあるマグカップ
あと、横浜にちなんだキーホルダーを多数。
俺は、昨日一晩考えたが、あの娘にも何か買っていこうと決めたのだ。
――ペンダントは彼女に、マグカップはあの娘に、キーホルダーは男友達に・・・・・
そう思いながらレジに差し出す。
「あ、ペンダントとマグカップは別に包んでもらえますか?」
「はい、かしこまりました。」
店員はそう言うと、ペンダントとマグカップを包む。
「お会計、2650円になります」
「はい・・・・・」
ここで
――ハピマテのCD3枚分か
と思ってしまうから俺も変わったもんだ。
「ありがとうございましたー」
店員に言われ、俺は急いで母親とハピマテの所に戻った。
「じゃあ、横浜の中を散策して夕飯は中華街。それで、帰るってことでいいかしら?」
「いいよ」
「OK!」
ホテルの前で写真を一枚撮ってホテルを出た。


「凄い景色―!すごーい!」
俺達は遊覧船に乗っていた。
周りは海。
遠くの方に横浜の街や遊園地、俺達が泊まったホテルが見える。
「ほら、カモメに餌やれるみたい!」
「じゃあ買うかぁ・・・・・」
そう言って俺はかっぱえびせんを買う。
「ほら!ほれ!ほいっ!」
ハピマテがカモメに向かってかっぱえびせんを投げる。カモメは慣れたものでそのえびせんを上手くキャッチして食べる。
「ほらー、やってみなよー」
「じゃあやってみるか。それっ」
そんなことをやっている俺とハピマテの二人の後ろで
「あの二人、ずいぶん仲良くなっちゃって・・・・・」
と母親が言ったのが聞こえた。
いつもの俺ならそれを否定しただろう。
だけど、その時の俺は、それを否定せずに聞こえないふりをしてそのままカモメに餌をやっていた。


「おいひー!」
「こらこら、ちゃんと食べ物を飲み込んでから喋りなさい」
ハピマテは口の中の食べ物を飲み込むと
「おいしー!」
ともう一度言った。
確かに美味しい料理だった。
中華料理は今まであまり食べなかったけど、これは美味しい。
「夕食は中華街にして正解だったわねー」
母親も笑顔でそう言った。
「新幹線は8時だからまだ1時間くらいあるわね」
「あと10分もあれば食べ終わるだろうし、まぁ、余裕をもってた方がいいか」
俺と母親が喋っている間もハピマテは中華を食べ続ける。
中華を全部食べ終わった所で、
「ほら、じゃあ帰るぞー」
と言い、俺達は中華街を、横浜を、関東を去った。


「おはよう」
「おぉ!よっす!お前横浜に行ったんだってな」
横浜から帰ってきて、初日。
学校に行った俺に、すぐにあいつが話しかけてきた。
「あぁ、行ったよ。横浜」
「で、はい」
そう言って手を差し出すあいつ。
「やれやれ・・・・・」
俺はそう言うと、あいつの手に買ったキーホルダーを渡した。
「ほら」
「おぉ!サンキュー!」
すると他のみんなも集まってきて
「おいおい、あいつにだけズルいんじゃねーか?」
「俺のは?俺のは?」
俺は苦笑すると
「安心しろ。みんなのもあるから・・・・・」
そう言って、一人一人におみやげを渡していく。
「ありがとう。流石お前だな」
そう言われて、俺は笑いながら
「それで・・・・・お願いがあるんだけどさ・・・・・」
「ん?なんだよ」
「ほら、行ってみろ」
俺はみんなの顔を見回して
「先月CD買ってくれって頼んだじゃん。アレの違うバージョンが3日後に発売されるんだけどさ・・・・・。買ってくれない?」
そう言うとみんなは一瞬シーン、と静まりかえった。
「だ、ダメ・・・・・?」
俺が訊くとみんなはすぐに笑い出して
「おいおい、いきなり改まって何言い出すかと思えばそんなことかよ!」
「言われないでも買うつもりだったっつーの!」
「おし!今回は2枚買ってやるぞ!」
と言ってくれた。
俺は内心ほっとしていた。
2回目だし、「飽きた」と言われておしまいかと思っていた。
「で、これはあとどのくらい続くんだよ?」
あいつに訊かれて俺は
「分からないけど・・・・・。多分今度のも合わせてあと2枚くらい出るんだと思う。下手すると今度ので最後かもしれない・・・・・。だから今度で勝負を決めたいんだ」
そう言うとあいつはにかっと笑って
「OKOK!この企画が続くかぎり応援してやるからよ!」
と言った。
俺は微笑んで
「みんな、ありがとう」
と言った。


放課後、俺はあの娘を屋上に呼びだした。
あの人によって盗聴器が仕掛けられていることは知っていたが、ここくらいしか人目につかない場所がなかったからだ。
「で、なんなの?渡したいものって」
あの娘が言った。
俺は、カバンのなかから紙袋を取り出すと、
「これ、横浜のおみやげ」
と言ってあの娘に渡した。
「みんなの前で渡すと変な噂たっちゃうかもしれないから・・・・・」
そう言うと彼女は笑って
「開けてもいい?」
「もちろん」
あの娘は紙袋の中に入っていた箱の包み紙を上手にはがすと箱を開けた。
「わぁ!凄い!ありがとう」
箱の中身を見てあの娘は言った。
俺は
「喜んでくれて嬉しいよ」
と答えて、笑顔を作る。
「大切に使うから」
そう言ってあの娘が紙袋にマグカップをしまおうとしたその時、
ガチャ
と音がして屋上のドアが開いた。
「え?」
そう言ってドアの方をあの娘と二人で見た。
そこに立っていたのは、彼女だった。
「え、あ・・・・・」
俺が「おみやげ渡してただけで・・・・・」と言おうとすると、それよりも早く彼女は
「あっ・・・・・」
と言って逃げるようにその場を立ち去っていってしまった。


「え、あ、ちょっと・・・・・」
俺は彼女を引き止めようとしたが、時すでに遅し。彼女は走って階段を駆け下りていってしまっていた。
「え、えと、あの――」
俺は、あの娘に決まり悪そうにつぶやいた。
「ご、ごめん、変な事になっちゃって・・・・・」
するとあの娘は、少し驚いたような表情をしたが、すぐに笑って
「そんなこと私に言ってる場合じゃないんじゃないの?ほら、早く行った行った!」
と言って、手をひらひらと振った。
俺は少しためらったが、
「ホントにごめん!」
と言って、彼女を追った。


階段を駆け下りて、廊下を走っていると
ドンッ
と誰かにぶつかった。
「あいたた・・・・・。ご、ごめんなさい・・・・・」
そう言って顔を上げると、そこに立っていたのはいつも通り無表情のあの人だった。
「どうしたんだい?そんなに急いで・・・・・。って僕が知ってる通りだと思うけど」
「え、い、いや、あの・・・・・。やっぱり盗聴してた?」
あの人は頷いて
「うん」
と言った。
「そ、そうだ」
俺はそう言うとカバンの中をあさって小さな紙袋を取り出した。
「これ、横浜に行ったおみやげ。キーホルダーだけど、よかったら・・・・・」
そう言って紙袋をあの人に差し出す。
「え、これ、僕に?」
あの人が珍しく驚いたような顔をする。
が、すぐにいつも通り無表情な顔になって何も言わずに受け取った。
そして、人差し指でメガネの位置を直すと
「うん、あ、ありがとう・・・・・」
と照れくさそうに言った。
窓から差し込む夕日のせいか、あの人の顔が少し赤く見える。
「じゃ、じゃあ俺、急ぐから」
そう言ってカバンを持つ俺にあの人は
「あ、あぁ、じゃあ」
と言って片手をあげた。


「はぁ・・・・・はぁ・・・・・・」
彼女の家まで全力疾走で走っていた。
そして、彼女の家の前――
俺は鼓動を高鳴らせながらも、彼女の家のチャイムを押した。
ピンポーン
と軽快な音がなる。
「はい」
とインターホンから声がした。彼女の声だ。
俺は息をすって
「お、俺だけど・・・・・」
と言った。
無言のまま、インターホンの声はとぎれ、ドアが開いた。
「あ、あの――」
俺が口を開くと、その言葉を制すように彼女は
「さっきはごめんなさい――。私、なんか変なことしちゃって――」
と言った。
俺は、
「いや、いいんだ。あ、あれは横浜に行ってたおみやげを渡してただけだから・・・・・」
「う、うん。あの時はなんというか気が動転したっていうか――。と、とにかくごめんなさい――」
顔を赤くしてうつむく彼女。
「そ、そうだ」
俺はそう言って、カバンの中から彼女へのおみやげを出す。
「これ、横浜のおみやげ。開けてみてよ」
「あ、ありがとう――」
そう言いながら開けてみる彼女。
その顔が一気に明るくなった。
「わ、わぁ・・・・・」


俺があげたペンダントをすぐにつけてみる彼女。
「ど、どうかな――」
「似合うと思うよ」
俺がそう答えると彼女はにっこりと笑って
「そ、そう?ありがとう――」
と言った。
しかし、その後、彼女はうつむいて
「そ、それで、えーっと・・・・・」
と何かを言おうとする。
「ん?どうかした?」
俺が訊くと彼女は
「ご、ごめんなさい。なんでもないから。気にしないで――」
「そ、そう?言いたいことあるんだったら遠慮しないで言っていいけど・・・・・」
「本当になんでもないから。じゃ、じゃあ私、夕ご飯作らないといけないから――」
そう言って笑顔を作る彼女。
「分かった。それじゃあ」
そう言って手をふる。
「うん、おみやげありがとう――」
彼女はそう言って家の中に入っていった。


彼女からの誤解も無事に解いた俺は家へと帰宅した。
「ただいま」
「おかえりー!遅かったねー」
「うん、ちょっと友達の家に行ってから・・・・・」
ハピマテにはそう言って部屋に入る俺。
部屋には遊園地でハピマテと取った写真が飾ってある。
パソコンの電源を入れ、VIPを見る。
「もうすぐハピマテ発売かぁ・・・・・・」
ハピマテが横でつぶやく。
「クラスのみんなもまた買ってくれるっていってたし、今度こそ1位目指そうな」
「うん!」
笑顔で答えるハピマテ
「ところでさぁ、みんなおみやげ喜んでくれたの?」
キーボードを叩く俺にハピマテが訊いてきた。
俺が振り向いて
「あぁ、みんな喜んでくれたよ」
と言うと
「そっかー。よかったぁ。私が選んだのもあったし!」
と笑顔を作る。
――あれ?
なんだろう、なんか今、今まで感じたことがない感じが・・・・・
「ん?どうかした?」
小首をかしげながら訊くハピマテを見る俺の顔がだんだん赤くなる。
――なんだ?
こんなこと、今まで一度でもあったか?
いや、ない。こんな感情を抱いたのは今が初めてだ・・・・・
なんだろう?恥ずかしいような、でもそうじゃない。
「んー?なんか顔赤いよ?大丈夫?」
そう言っておでことおでこをくっつけようとするハピマテから俺は逃げるように後ずさりする。
「い、いや。大丈夫。大丈夫だから・・・・・」
「そう?」
そう言ってパソコンのディスプレイをのぞきこんでいるハピマテ
そんなハピマテを見ながら、俺は自分がどうかしてしまったのではないかと思ってしまう。
その時
タラララ〜ラ〜ララ ラ〜ララララ〜♪
と携帯からハッピーマテリアルが聞こえてきた。
「ん、メールだ」
俺は自分の顔が赤いのをごまかすように携帯を手にとってメールをみた。
メールの差出人は、彼女だった。
「ん、なんだろう」
とつぶやいてメールを開封する俺。
そこには、こう書いてあった。



さっき言おうと思ったことだけど、やっぱり言うね。
前から言おうと思ってたんだけど…
あの、今、私より好きな女の人っている?



       (第三十三話から第三十七話まで掲載)