――そして運命の日がやってきた。
ハッピーマテリアル5月度ウィークリー発表日』。
オリコンのホームページが更新されるのは午後の7時ちょうどなので、まだ12時間ある。
結局俺は、あれから13枚、ハッピーマテリアルを買った。
本番の6月度のために、金を温存しておいたのもあるが、今回は発売日までの時間がなさすぎた。
「んー、おはようー」
ハピマテがもぞもぞと布団の中から出てきた。
「今日がランキング発表日だねー」
「うん」
その後、簡単に会話をすませると、俺は学校へと向かった。


「おはよう」
俺が教室に入っていくと、クラスの連中がにやにやしながら俺を見ていた。
「どうした?朝っぱらから。気持ち悪いぞ」
俺がそう言うと、
「おいおい、隣のクラスの女の子からお呼び出しだぜ」
「話があるってさ」
「そう言えば、お前、その子に教科書届けてもらったんだってな。ふふ〜ん」
とクラスの連中は言ってくる。
「え、ど、どこで?」
「屋上でまってるってさ。お前が来たら言っておいてくれって言いに来たよ。ほら、早く行ってやれ」
俺は言われるがままに、屋上へ向かった。
――「教科書届けてもらった」ってことは彼女か・・・・・
俺は、何を言われるのか、と少し期待しつつも屋上へ向かった。
ガチャ
屋上のドアを開けると、そこには、彼女が立っていた。
「は、話って何?」
すると、彼女は少し顔を赤くするが、すぐこっちを向いて
「え、えーと、こ、これ・・・・・」
彼女が手を差し出すと、そこには、ハッピーマテリアルが握られていた。
「あ、あの、日曜日に買ってたんだけど、なかなか見せられなくって・・・・・。でも今日ランキングが出るみたいだったから、見せようかなって思って――」
「え、あ、ありがとう」
と、言いつつも驚く俺。
隣のクラスまで噂が回っているにしても、真面目そうな彼女の耳にまで入っているとは思っていなかった。
『真面目そうな』というより、学年2位の頭の持ち主なので、真面目なのだろうが・・・・・
同じ、頭が良くて、真面目そうなあの人とは違うんだ。
「も、もしかして――」
そこまで言って言葉を切る俺。「もしかしてVIPPER?」なんて訊こうと思っていたが、思い出してみると彼女は機械類が苦手と言っていた記憶がある。
パソコンや携帯ができないのに、VIPをやれるわけがない。
「な、なに?」
「いや、なんでもない。ごめんごめん。とにかく協力してくれてありがとう。まさか協力してくれるなんて思ってなかったよ」
「ただ噂が耳に入ったから買ってみただけだから――。気にしないで――」
そう言いながら屋上から教室に帰ろうとする彼女。
と、彼女は立ち止まって振り向き、
「あ、あの――」
「ん?なに?」
俺が返事をすると彼女は
「ご、ごめん。なんでもないの。じゃ、じゃぁ」
そう言って、走って教室に戻っていってしまった。
「ん、なんだったんだろ・・・・・」
俺はそうつぶやきながら腕時計を見ると、あと1分でチャイムが鳴ることに気がついて、急いで教室へ戻った。


学校が終わり、俺は急いで家に帰った。
家につき、VIPを見ながら時間をつぶしているうちに、6時50分になった。
「あと10分だぞ」
ハピマテを呼ぶと、下で母親の手伝いをしていたハピマテが階段をトテトテと上がってきた。
「あと10分かぁ・・・・・」
そう言いながら時計を見るハピマテ。俺の一緒になって時計を見る。
あと9分・・・・・8分・・・・・7分・・・・・
どんどん近くなっていく時間。
そして、時計が7時になったとき、俺は更新ボタンをクリックした。
・・・・・
「4位・・・・・か・・・・・」
結果は4位だった。1位は・・・・・オレンジレンジ
「4位かぁ・・・・・」
がっくりするハピマテ。だが、俺は
「今回のは飽くまで6月度にむけての威嚇射撃。威嚇射撃としては上々の結果なんじゃないか?」
ハピマテに言い聞かせた。
「そうだね。でもさぁ、あんなに買ったのに・・・・・」
「6月度は絶対1位にしてやるから。絶対に・・・・・」
そう言うとハピマテはこっちをじっと見つめる。たじろぐ俺。
「そうだね。絶対だよー!」
そう言うとハピマテは俺の鼻をつんつん、とつっついて、1階へ戻っていった。


翌日。
俺が学校に行くと、俺のクラスの男子は、オリコンの話題でいっぱいだった。
「おはよう」
俺が言うと、
「4位かぁ。残念だったなぁ・・・・・。まぁ、相手が分かる買ったのもあるかもな」
「たしか次の月もあるんだろ?やってみるとスリルあって意外に楽しかったから来月もやろうぜ」
と友人は言ってくる。
「あぁ、本番は来月なんだ。みんな、よかったらまた協力してくれ・・・・・」
俺は、みんなが参加してくれたことが嬉しくてたまらなかった。
すると、今まで何も喋らずに話を聞いていたあいつが口を開いた。
「今回は1位は無理だったけど、次こそは準備もしっかりして、もっと人増やして絶対1位にすんぞ!」
俺は、あいつがこんな事を言うのに驚いた。最初のうちはこの企画にとことん反対していた一人だったからだ。
「よっしゃ!次こそ一位だ!」
「俺、今度は2枚くらい買ってみようかな・・・・・」
とみんなも言ってくれた。


帰り道。
俺は、隣のクラスのあの人と話がしたくて、あの人を探し回っていた。
屋上に行くのを見かけた、という情報をつかみ、屋上に行ってみる。
屋上のドアを開けようとした時、声が聞こえてきた。
「だから――私――あなたのことが――」
俺は、事態を察して、ドアを少しだけ開けて覗いてみた。
そこには、ポケットに手を突っ込んでいるあの人と俺のクラスの女子が立っていた。
「わ、私、ずっと好きだったの。私と付き合ってください!」
頭をさげる女子。
当然のことだが、イケメンで頭が良く、運動もできるあの人は女子からモテる。
だが、あの人は無表情のまま言った。
「ごめん。今は興味ない。」
女子の方は、がっくりと肩を落とし、
「そう・・・・。変なこと言ってごめんね・・・・・」
と言って、屋上から出ていこうとした。
急いで隠れる俺。
女子の姿が見えなくなって、ほっと一息つくと、
「隠れてないででてくれば?」
とあの人が言った。
俺は、こそこそと出ていって
「バレてたんだ・・・・・」
「うん。話聞かれてるところも分かってた」
と言われた。これじゃ隠しようがないな・・・・・
「なんで断ったの?やっぱりいろんな人に告られるから?」
俺が訊くと、あの人は
「ずいぶん直接だな・・・・・」
と言いながらも、
「まぁ、それもあるんだけど、正直もう三次元には興味なくなった。」
と言った。
「えっ・・・・・。三次元に興味なくなったって・・・・・」
「二次元キャラしか好きになれないってことだよ」
それくらい俺でも分かる。だけど・・・・・
「君みたいに真面目な人がそんなこと言い出すとは思ってなかったよ」
「そうかい?人を見かけで判断しちゃ駄目だよ」
そこで、俺は思いだした。そうだ。ハッピーマテリアルの話をしに来たんだった・・・・・
「あのさ・・・・・」
ハッピー☆マテリアルのことかい?」
・・・・・そこまで分かられていたのか・・・・・
「そう」
「今回は4位で残念だったね、って言おうとしたんだろ」
「・・・・・そう」
すると、あの人はため息をついた。
「知ってると思うけど、5月度には、準備期間が少なすぎたんだよ。本番は6月度なんだ。分かってた?」
「分かってるけどさ・・・・・」
「分かってるんだったら、そう言うことは、6月度が終わってから言おうか」
俺は、頷いて言った。
「分かった。6月度は絶対1位だ。」
「分かってる。6月度には財力を出来る限りつぎ込むつもりだから。それじゃ」
そう言うと、あの人はその場を去っていった。
そして、俺は、改めて1位にする気が高まった。


――翌日。
俺は、学校につくと、ジャージに着替えた。一時間目が体育だったからだ。
今日の体育は、体育祭のリハーサル。男女混合だ。
一部の男子は、『男女混合』ということで、騒いでいるが、俺は特に気にもならない。
いや、その時は、気にならなかった。


校庭に行くと、他のクラスの男子が準備運動を始めていた。
俺は、いそいで校庭を3周走ると、準備運動を始めた。
「今日は体育祭に向けてフォークダンスの練習をするぞ!男子と女子が手を繋ぐことになるが、何も言うなよ!」
体育教師が言った。ざわめきが起こる。
「静かにしろ!それでは、やり方を説明するからよく聞いておけよ!」
そう言うと、体育教師は説明を始めた。どうやら、体育祭でこれを出し物として見せるらしい。
男子も女子もそれぞれの考えでどよめきを起こす。
「それでは、見たままやってみろ。ペアは適当に組め!」
まず、モテる男子はすぐさま女子に取られた。もちろんあの人もだ。
モテる女子は、男子にすぐ取られるかと思いきや、男子の方がたがいに譲り合っている状況だ。
男子は、そういう生き物なのかもしれないが・・・・・
俺の場合は、別にだれとでも良かったので、最後に残った女子と組もう。そう思っていた。
そして、残った女子というのが――
俺の誤解を解いてくれた、彼女だった。
「あ、あの――」
「あ、OK 俺でよければ・・・・・」
「じゃ、じゃぁ私と組もうか――」
何故、彼女が残っていたのかは分からない。顔も可愛い。
しかし、少々内気な性格なため、残ってしまったのかもしれない。
そんなことはともかく、俺と彼女は、みんなの輪の中に入っていった。
体育教師がやっている通りに踊る俺達。
手を繋いで踊る所があるが、ほとんどのペアは恥ずかしがってなかなか繋ごうとしない。
俺と彼女も、その『ほとんどのペア』のうちの一組だった。
「えっと・・・・・」
二人で顔を見合わせて、手をそっと繋ぐ。
お互いに顔が赤い。俺は、少しだけ胸がどきどきした。
リズムに合わせて踊ることよりも、彼女と手を繋いでいる方に意識がいってしまう。
たまに、失敗すると
「あ、ご、ごめん・・・・・」
と言って、顔を逸らす。どうも、恋人気分になってしまうから不思議だ。
あの人の方を見ると、別に恥ずかしがってもいない。
すぐにあの人をゲットしに行った、女子の方が恥ずかしがっている。
流石、昨日「二次元にしか興味ない」と言っていただけはある、などということを思っているうちに、あっという間に授業が終わった。
「あ、ありがとうございました」
「あ、あい、ありがとうございました」
彼女とお互いにお礼を言うと、俺たちは、教師に礼をして教室に戻った。


放課後。
俺が、家に帰ろうとすると、
「ちょっと!」
と後ろから声がした。
振り返るとあの娘が立っていた。
「ん、どうしたの?」
「え、えーっと、その、なに?」
なかなか会話が進まない。
「何の用?」
俺は、少しイライラしたように訊いてしまった。
「えっと、わ、私さ――」
「うん」
しかし、あの娘は
「ご、ごめん。なんでもないの。なんでもないから気にしないで。じゃ、じゃあね!」
そう言うと、あの娘は走り去っていってしまった。
俺は、その時、あの娘が何を言おうとしていたのか分からなかった。
少し疑問に思いながらも、俺も家に帰るために歩き出した。


次の日。休日。
俺は、テストが近いため、そろそろ勉強を始めなくてはいけないと思っているところだった。
学校でも、テスト前の計画表のようなものを書かされたし、今回少しがんばらないと、成績も危ないと思ったからだ。
俺の成績は中の上くらいだったが、そろそろ入試を意識し始めなければならない。
「じゃ、ちょっと出かけたら勉強すっかな・・・・・」
独り言をつぶやくと、ハピマテ
「よし、出かけよう!」
と言ってきた。
「それじゃ、適当にぶらぶらするかぁ・・・・・」
そう言うと、俺は外出用の服に着替え、家を出た。


「何処行くの?」
「うん?適当に、漫画喫茶とかそこら辺・・・・・」
俺が漫画喫茶に行くのには理由があった。
あれだけ、「ハッピーマテリアルを1位に!」と騒いでいるくせに、その原本、つまり『魔法先生ネギま!』という漫画を読んだことがなかったからだ。
今、単行本を買うのは、資金の無駄遣いと思ったので、漫画喫茶にいって読むことにしたのだ。
「じゃあ、私は何読もうかなー・・・・・」
漫画喫茶につくなり、ハピマテは、本棚の前で手を組んで本を選び始める。
俺は、予定通り、ネギまを手に取ると椅子に座って読み始めた――


――ハッ!
気がつくと時間は4時を回っていた。
これから帰って勉強をしなければいけない。
ネギまは、7巻まで読んだ。1冊を二回ずつ読み直していたので、時間がかかってしまった。
「じゃあ、帰るぞ。ハピマテ
居眠りをしていたハピマテを起こし、漫画喫茶を出て、家に戻った。


家につくなり、俺は勉強を始めた。
漫画喫茶で予想以上に時間を食ってしまった。
鉛筆が机を叩く音だけが聞こえる。
と、その時
ガチャッ
「ねぇねぇ、あのさ。さっきネギま読んでたよねー?」
俺は、無視して勉強を続ける。
「それでさ、ネギが京都に行く話で――」
参考書をめくって、勉強を続ける俺。
「それで、その時――」
駄目だ。集中がとぎれていく・・・・・
バン!
机を叩くと俺は
「だぁ!ちょっと黙っててくんない?俺は勉強してるんだよ!」
と叫んだ。
すると、ハピマテはハッとして黙り込んだ。そして
「そ、そんな言うこと・・・・・」
「お前、俺が何やってるか分かってんの?お前、正直邪魔なんだよ。分かるか?」
するとハピマテは黙り込んでこっちをじっと見ていた。
俺は少し悪いことをしたかな、と思ったがすぐに考え直した。
俺が言ったことに間違いはない。これでハピマテも少しは反省するだろう。
だが、ハピマテ
「だって・・・・・だって・・・・・」
と言いながら泣き出してしまった。
無視して勉強を続ける俺。
が、少し悪いこと言ったかな、とも思い始め、振り向いて謝ろうとすると――
「もういいよ!知らない!勉強でも勝手にやってれば?私は邪魔なんでしょ!?」
と言うとハピマテは部屋を飛びだして行ってしまった。
――どうせ、一階に逃げ込んだんだろう・・・・・
そう思いながら、勉強を続ける俺。
しかし、バタン、と一階でドアが閉まる音がした。
――まさか、外に飛びだして行ったのか?あいつが一人で外になんか出たら・・・・・
次の瞬間、俺は鉛筆を投げ捨て、外へ飛びだしていった。


外は雨が降っていた。
が、俺は傘も持たずに、外へと飛びだしていった。
運動神経は良いほうではないが、全速力で家の近くを見て回る。
「く、くそ・・・・・。どこ行った・・・・・」
コンビニ、図書館、CD屋、さまざまな所を探すが、どこにもハピマテはいない。
――この大雨の中で飛びだして、雨にあたるところに居たら・・・・・
「く、くそっ!」
そう言うと、俺はまた走り出した。


タッタッタ
雨の音と、俺の走る音だけが外に響く。
時折通り過ぎる車。
だが、ハピマテは何処にもいない。
「そうだ、警察に行こうか・・・・・」
そう思ったが、俺は思いとどまった。
悪いのは、俺だ。ハピマテを見つける責任は、俺にある。
俺はそう思うとまだ、探していない場所を思い出した。
そうだ、あの公園――
俺は、公園に向かって走り出した。


俺は公園に着くと、中を見渡した。
そして、我が目を疑った。
女の子が倒れている。そして、その女の子は紛れもなく――


ハピマテだった。


「ちょ、お、おい!ハピマテ!!」
俺はそう叫ぶと倒れているハピマテを抱え上げた。
「だ、大丈夫か?」
すると、ハピマテは目を開いて
「う、うぅん・・・・・。なんか、公園にいたら、意識が遠くなって・・・・・」
そこまで言ってからハピマテはハッとした。
「わ、私は・・・・・私は邪魔なんでしょ?だったら私が何処に行ったっていいじゃない!」
俺は、そういいながら泣いているハピマテを抱きかかえて、言った。
「馬鹿。お前ホント馬鹿だよ。俺が、本当に邪魔に思うわけないだろ・・・・・」
「えっ?」
ハピマテは顔をあげた。俺の目から涙がこぼれていた。
「馬鹿・・・・・。心配・・・・・心配したじゃないか・・・・・・」
俺が、そう言うと、ハピマテ
「そ、そうなの?ホントにそうなの?」
と言いながら、泣きながら、俺の胸に顔を押しつけてきた。
「本当だよ。お前のことを邪魔になんか思わない」


ハピマテを家に連れて帰り、タオルで体を拭かせると、風呂に入らせた。
俺も、ハピマテもびしょ濡れだったため、風邪をひいてしまう。
「あ、あの、さっきさ・・・・・」
俺は、ハピマテに話しかけた。
「ん?」
「邪魔だ、とか言って、本当にごめん」
すると、ハピマテはにっこりと笑って
「ううん、別にいいんだよ。気にしないでー」
と言ってから
「それにさ、さっき、まさか――抱きかかえられるとは思ってなかったし」
顔を赤くするハピマテ
俺の顔も赤くなる。
「いや、そ、それは、あの、は、反射的にっていうか、その・・・・・」
俺が、言葉に迷っていると、ハピマテはくすっと笑って
「別にいいんだよー。私もそんなこと分かってるからー」
と言って、軽くその話題を流してくれた。
俺も内心ほっとした。
自分でも、正直なんであんなことをしたのか分からない。
『体が勝手に動く』というのは、本当にあんなことを言うんだろうか、と思ってしまう。
「そういえば勉強しなくていいの?テスト近いんでしょ?」
ハピマテが訊いてきた。
「あ、そうだ。勉強しないと・・・・・」
そう言って、俺は机に向かった。
そこで、俺はふと思いついた。そして、その思いついたことを実行した。
パソコンを起動させ、ハッピーマテリアルのCDを入れた。
そして、音楽をBGMにして、勉強を始めた。


       (第十三話から第十七話まで掲載)