時が流れるのは早いもので、ついに発売日3日前。
ハッピーマテリアルを1位にスレでの盛り上がりも最高潮に達していた。
学校の友人も、2〜3人買ってくれると言っていた。もちろん、あの娘も。
しかし、まだ俺はあいつと喧嘩したままだった。
学校で会うと、あいつと俺とでは冷たい空気がながれるし、お互い一切口をきこうとしない。
でも、それで良かったのかもしれないな・・・・・。もともとあいつとは気が合わなかったのかもしれない。
「じゃぁ、いってきまーす」
「いってらっしゃーい!」
もう定番となった挨拶をハピマテと交わし、学校へ向かう。
よし、今日は遅刻せずにすみそうだ。


ガラッ
「おはよう」
教室に入ると、教室内は何か、険悪なムードだった。
「どうしたんだ?」
俺が言うと、あいつが俺に向かってきた。そして、いきなり胸ぐらをつかんできた。
「おい!お前、俺と喧嘩してるからってなにもそこまでするこたぁねーだろ!」
俺は、何のことか分からず、言われるままにあいつについていった。
そして俺は驚いた。あいつの机に、大きくペンキのようなもので「死ね」。
「ちょ・・・・・これ・・・・・誰が・・・・・・」
「しらばっくれんじゃねーよ!」
あいつが机をバンと叩いた。
「・・・・・俺がやったと思ってるのか」
「あたりめーだろ!今、こんなことやる奴なんかお前くらいしかいねーよ!」
当然のことだが、俺はこんなことをやった覚えがない。
「ったく・・・・・お前はこういうことをやる奴ではないと思っていたんだけどな・・・・・」
「違うって!俺がやったんじゃーねよ!」
気がつくとクラスの連中がひそひそ話をしている。
・・・・・完全に俺がやったと思われてるみたいだ。
「いったいどうしたんだ?」
そんな時に、クラスの担任が来た。
「こいつが俺の机にこんなことを・・・・・・」
あいつは俺のことを指さしながら担任に言う。
「おい、本当にお前がやったのか?」
担任が訊いてくるが俺は
「違います。俺がやったんじゃありません。濡れ衣です」
としか言いようがない。本当にやってないんだから。
「嘘つくな!お前がやったんだろう!」
あいつが殴りかかってこようとするが俺は軽くかわす。
「まぁ、お前も落ち着け。じゃあ、ちょっとこっちで話を聞こうか・・・・・」
担任が俺を空き教室につれていく。駄目だ。完全に誤解されている・・・・・


「本当に机にあんなことしたのか?」
担任が俺に訊いてくる。俺はもちろん否定する。
「こんな所で嘘をついてもしかたないんだ。嘘はいずれバレるんだぞ?」
・・・・・担任までも、俺がやったと思いこむのか。
「やってないんだから、やってないとしか言えません」
「・・・・・そうか。お前は、みんなと仲良く過ごしていたと思ったんだがな・・・・・」
もうこれ以上話しても無駄だと思った。
この担任は完全にあいつを信じている。
なんとなく、心理感という奴でそう思ってしまっているのかもしれない。
とにかくこれ以上の弁解は無駄だ。そう思った。


やっと解放された・・・・・
「はぁ・・・・・」
俺の口からため息がこぼれた。完全な濡れ衣だ。
クラスのみんなにも絶対誤解された。そして、あいつにも、あの娘にも・・・・・
「ちょっと!」
突然声を掛けられ、驚いて振り返ると、あの娘が立っていた。


「ど、どうしたの?」
俺が言うとあの娘は近寄ってきて
「本当に、あれ、あなたがやったの?」
と訊いてきた。
俺は、もう言い飽きた、という顔をしながらも
「俺はやってないって。信じてもらえないかもしれないけど・・・・・」
すると、あの娘は、首を振って
「あなたがやってないっていうんだったら信じる。それに、あなたはそんなことする人じゃないって知ってるから」
俺は、少し驚いたが、ほっとした。
「信じてくれて良かった。みんな、俺のこと疑ってると思ったから」
「うん・・・・・・。でも、誤解はすぐ晴れるんじゃない?晴れればいいね」
「うん。ありがとう」
そう言うと、俺達は二人で教室に戻った。


教室に戻っても、俺の扱いは酷いものだった。
誰も話しかけようともしてこない。仲が良かった友人も、疑いの目で見てくる。所詮、クラスなんてこんなもんなんだろう。
恐らく、このクラスで俺の無実を信じてくれているのはあの娘くらいなんじゃないだろうか。
何日も、何年も同じ空間で過ごしてきたと言っても、所詮他人なんだろう。
誰かがこうだと言えば、みんなそれを信じてしまう。
こんな状態だったら、クラスで協力を得られるのは1枚2枚が限度だろう。ここはネットのみんなに頑張ってもらうしかないのか・・・・・
1枚でも多ければ、力になる。そう思っていた俺が馬鹿だった。クラスなんてそんな約束平気で破ってしまうんだ。


チャイムがなり、授業が終わった。
俺は、一人で家に帰った。
「ただいま・・・・・」
「おかえりー!」
ハピマテが走ってくる。そして不思議そうな顔をする。
「あれ?どうしたの?なんか元気ないねー」
「学校でいろいろあってね・・・・・」
俺はそう言うと、階段を上って俺の部屋に入った。
すぐにパソコンの電源を入れ、VIPに行く。
「ふぅ・・・・・」
VIPの方は発売日3日前ということで、大分盛り上がっている様子だった。
俺も本来なら盛り上がっているべきなのだろうが、やはり学校であんなことがあっては、そういう気分にもならない。
「もうすぐ発売だねー。ねー」
ハピマテが言ってくる。俺は財布の中身を確認した。
次に、貯金箱を見る。
「4万か・・・・・」
俺は脳内で暗算をする。
「とりあえず5月度には1万使おう。12、3枚買えるはずだから・・・・・」
「そんなに使うのー?」
ハピマテが驚いたような顔をするが、俺は
「このくらいやらないと、1位なんて無理だと思うから」
するとハピマテはにっこり笑って
「そうだね。ありがとう」
と言った。
「う、うん・・・・・・」
ハピマテの笑顔をみていると、学校であったことなんて、忘れてしまいそうだ。
やっぱり、ハピマテにはそういう力があるんだ。俺はそう思った。この時はそう思っていたんだ。
「じゃあ、学校のことは忘れて、ハピマテ聴こうよ!」
ハピマテはそう言うと、ポケットからCDを取り出し、パソコンに入れた。
「やっぱり良い曲だな。これは。何回聴いても飽きない」
そういうと、ハピマテ
「だよねー。やっぱり良いよねー」
と言って、顔をのぞき込んできた。
「いや、俺は曲が良いと言ったのであって・・・・・」
「分かってるってー!」
そう言いながら、ハピマテはベッドに横になった。
「あのさ、前から聞こうと思ってたんだけど、ハピマテはなんで俺の所に来たの?」
「えっ?」
ハピマテは少し、ためらったが
「だから、私はハピマテが好きって人の所に・・・・・」
「だって、俺は学校で1回聴いただけだったんだよ?俺よりあの曲が好きな人だったらもっと大勢いるはずだし・・・・・」
「えーっとね・・・・・」
ハピマテは少し迷ってから、こう言った。
「きっと、選ぶ人がいるんだよ。私が・・・・・選んだわけじゃないから分かんないけど」
「そ、そうか」
俺は、一応うなずいたが、なんだか気持ちが納得できなかった。


翌日。ハッピーマテリアル5月度発売まで、あと2日。
「おはよう」
「おはようー!」
いつも通りの挨拶をかわしたが、俺の気分はいつも通りではなかった。
「学校に行きたくない」。そう思ったが、すぐに学校に行かなくなるとますます疑われるだろうと思った。
「いってきます・・・・・」
「いってらっしゃーい!」
妙に明るいハピマテをよそに、俺の気分は沈みきっていた。


ガラッ
ドアを開け、教室に入ると、予想通りみんなは俺のことを避けていた。
しょうがないことなのかもしれない。元々、俺があいつと喧嘩したのがまずかった。
いつもは、教室に入ると男子が話しをしている所に混ざって、一緒に話をする。
面白おかしく、くだらない談笑をして盛り上がる。それがいつもだった。
だけど、今日はいつもとは違った。俺は自分の席に向かうと、ただぼーっとするだけだった。
前の席のあいつの机だけが真新しい。
その日の授業はつまらないものになるだろう、そう思っていた。
担任が入ってきた。俺は見向きもしない。今まで談笑をしていた奴らはあわてて席につく。
と、クラスにだれかが入ってきた。
女の子だ。隣のクラスの女の子。見覚えはあるが、話をしたことはない。
「あ、あの、先生・・・・・」
彼女は、おずおずと担任に話しかけた。そして、担任にだけ聞こえる声の大きさでなにやら話をした。
「え?そ、それ本当なのか?」
担任が、彼女に尋ねると、彼女はこくっと頷いた。
「分かった。じゃぁ、朝の会もはじまるだろうから、君は自分のクラスに帰りなさい」
担任にそう言われると、彼女は
「失礼しました・・・・・」
と言うと、自分のクラスに帰っていった。
彼女が帰るのを確認すると、担任は、俺とあいつに
「ちょっときなさい」
と声をかけた。
昨日のように、空き教室に連れて行かれる俺達。
「昨日あったことだが――」
担任が話し始める。
「昨日あったことだが、さっき来た子が、机に悪戯をしている人を目撃したそうだ」
「えっ」
俺とあいつは同時に声を出した。
「話によると、お前の机に悪戯をしたのは、1年生らしい」
「・・・・・」
「後でその一年生にも話をきいてみるつもりだ」
そう言った後に、担任は俺の方を向いて
「疑って本当に申し訳なかった。許してくれ」
と言った。
「ほ、本当なんですか?」
あいつが担任に言った。
「あぁ、本当らしい。何故その1年生がそんなことをしたかはわからないが・・・・・。本当にすまなかった」
そう言いながら頭をおろす担任。俺は少し考えて
「いえ、いいんです。俺の疑いが晴れれば。・・・・・クラスのみんなにも・・・・・」
「あぁ、学年集会を開いて、お前の疑いを晴らすつもりだ」
と担任は言った。
あいつは俺の顔をじっとみていた。


1時間目は、学年集会となった。
そこで、犯人が1年生だということは言わなかったものの、担任の口から、ほとんどのことが言われた。
どよめきがあがったが、すぐに静かになった。


「ごめん。俺、お前のこと疑ってた」
集会が終わると、俺はクラスの友人から口々にそう言われた。
俺は、
「いや、いんだよ。気にすんな」
と言って、その場を過ごした。中には、
「お前が言ってたナントカっていうCD、お詫びに買うよ。なんていう名前だっけ?」
と聞いてくる奴までいた。
俺はとたんに、クラスのみんなにあんな感情を抱いたことを申し訳なくなった。
所詮他人。そんなことはなかった。やっぱり友人は友人だった。
と、肩を叩かれ、俺が振り向くと、あの娘が立っていた。
「疑いが晴れてよかったね」
そう言われた。俺は、笑って
「うん」
と答えた。疑いを晴らしてくれた、あの彼女にもお礼を言わなくては、そう思った。
だけど、あいつは、口をきいてくれないままだった。


そしてついに発売日前日となった。
今日からスレではフラゲする人も多くなってくるだろう。
「それじゃ、いってきます」
「いってらっしゃーい!」
学校に行く俺の足取りは昨日とは格段に違った。
ただ、1つだけ気がかりなことがあった。そう、『あいつ』のことだった。


ガラッ
「おはようー」
そう言いながら教室に入っていく。
昨日とは違ってみんな俺のことを迎えてくれた。
だけど――
あいつは昨日までと同じ。顔も合わせようとしない。
俺からもなんとなく話しかけにくく、とりあえず教室を出た。
と、1人の女の子が目に入った。昨日、俺の罪を晴らしてくれた彼女だった。
「あの、昨日はありがとう」
俺がそう話しかけると、彼女はびっくりした様子だったが、すぐ笑顔で
「いえ――。私はただ見たことを先生に話しただけだから」
と言ってくれた。
よく顔を見てみると可愛い子だ。今まで話したこともなかったから、そんなに気を付けてみていなかったけど、クラスの男子から人気があるのも分かった。
おとなしい感じの子なので、そこで好みは別れるだろうけど、俺は嫌いではなかった。むしろ好きな方だ。
そんなくだらないことを考えていると
「それじゃあ」
と言って、彼女は自分のクラスに帰っていった。


その日は今まで通りの生活だった。
「そういえばお前が言ってたCD明日発売だよな。今日買ってもいいんだっけ?」
と訊いてくれる奴もいて、俺はあらためて友人っていいな、と実感した。
しかし、相変わらずあいつは話しかけもしてこない。謝りもしない。
そのまま、授業は終わった。あいつとももう友人じゃいられないのか、とも思った。


家に帰ると、ハピマテがすぐ出迎えてくれた。
俺は、自分の部屋に入るといそいでVIPをチェックした。
思った通り、フラゲをした人が写真をUPしたり、感想を言ったりしていた。
そして、それに対して住人達が「GJ」と反応。
その単純な一連の動作がほほえましかった。みんな、ハッピーマテリアルのことが好きなんだな。そう思った。
俺はデイリーのことも考え、発売日から買い始めることにしていたため、今日は活動しないと決めていた。
ふと、あいつの顔が思い浮かんだ。
――あいつにハッピーマテリアルを買わせようとした俺が悪かったのか・・・・・
思えばあの電話が始まりだったんだ。
「ねぇ、この調子で1位っていけるのかなぁ?」
ハピマテが訊いてきた。俺は、
「まだ発売日にもなってないんだよ。まだ分からない。でもここで上位に入れれば、6月度まで知名度もあがるし、いけるんじゃないか?」
と言った。ハピマテ
「そうだね。ここで頑張らないとね」
と言って、パソコンの画面を見つめていた。
ピンポーン
と、家のチャイムがなった。
「はい」
俺は玄関まで走っていってドアをあけた。
「よう」
「・・・・・よう」
ドアの向こうに立っていたのはあいつだった。
「・・・・・お前に見せたいものがあってさ」
そう言うとあいつはカバンの中をあさって、袋を取り出した。
そして、その中から出てきたのは・・・・・
「お前が言ってたCD。買った」
俺は驚いた。絶対反対していたと思っていたあいつがハッピーマテリアルを持って、目の前に立っていた。
「・・・・・悪かった」
あいつがぼそっと言った。
「悪かったよ。お前を勝手に疑ったりして。なに、CDは、ほんのお詫びだ」
俺はあいつの目を見て言った。
「俺からも悪かった。お前がてっきり愛想尽かしたと思ってた。すまん」
「いや、気にするな」
俺はふと思った。
「あれ、お前、オレンジレンジのCD買うんじゃなかったっけ?」
するとあいつは
「いや、別にそっちは次の週でも問題ないだろ。いいんだよ」
俺は、あいつのことを誤解していた。そう思った。俺は
「ありがとう」
と言うと、あいつを家の中に入れようとしたが、あいつは
「これから用事があるから」
と言って。拒否する。そして、あいつは
「頑張って1位にしようぜ。俺も応援すっから。じゃあな!」
と言うと走り去っていった。
俺は、気が完全に晴れた。これで明日からも楽しく学校に行ける。そう思いながら部屋へ戻った。


そしてついに、ハッピーマテリアル5月度発売日。
学校では、
「1枚買ってやったぞ!」
と、フラゲ分を見せてくれる友人もいて、クラスのみんなに協力を頼んでよかった、と思った。
あいつとも、学校で普通に話せるようになった。最初のうちは照れくさかったけど、話しているうちにいつもの感じを取り戻せた。


学校が終わり。俺は急いで帰宅した。
「ただいま」
「おかえりなさーい!まってたよー!」
俺が帰るとすぐにハピマテが走ってきた。
「ちょ、ハピマテ。お前、その服・・・・・」
俺はハピマテを見て驚いた。いつも、同じ服装をしていたハピマテがすっかり外出用の服装になっている。
「だって、今日は私を買いにでかけるんだもん。これくらいオシャレしないとー」
「そ、そうだな」
――こうしてみるとハピマテも女の子らしいんだな・・・・・
俺はそう思いながらも、すぐに制服から着替え、財布の中身を確認して持つと、すぐに街に出かけた。
「今日は6〜7枚買うか」
「そうだねー」
そう言いながら、俺とハピマテは、ツタヤに向かった。
「えーっと、新着CDのコーナーはと・・・・・」
独り言を言いながら探すと、すぐに見つかった。まぁ、特徴的なジャケットということもあるのだろうけど。
俺が、一枚とって、レジへ持っていこうとすると、見覚えのある顔があった。
あの人は・・・・・
俺が見た『あの人』は、隣のクラスの人だった。
眼鏡をかけていて、成績は学年ナンバーワン。運動も人並みにできて、なおかつ、顔がいい、と女子にモテる材料は十分なほどそろっている。
そして、俺は驚いた。あの人は、ハッピーマテリアルを買っていたのだ。
――あれ、隣のクラスまで伝わってたのかな?それに真面目なあの人がハッピーマテリアルなんて・・・・・
と思ったが、きっと俺のクラスの誰かが、伝えてくれたのだろうと思いその場は感謝する、だけで終わった。その場は。


続いて、アニメイトへ向かった。
そこで俺は再度驚かされることになった。また、あの人がアニメイトに入っていくのだ。
俺も後をつけて入っていく。
すると、あの人は迷わずハッピーマテリアルを手にとるとレジに持っていった。
おかしい。さっきも買っていたはずだ。そんな普通の人が、2枚も3枚も買うわけがない。
これはもしかして・・・・・
俺はいそいでハッピーマテリアルを購入すると、あの人の後を追った。
「ねーぇ、なんでそんな急ぐの?」
ハピマテが訊いてくるけど
「ごめん、後から説明するから、ちゃんとついてくるんだぞ」
と言って、あの人を見失わないようにする。
案の定その後もあの人はいろんなCDショップを渡り歩いて、ハッピーマテリアルを買い続けた。
そして、5件目の店で、俺は勇気を出して話しかけてみることにした。
「あ、あの・・・・・」
するとあの人は、びくっとしてこっちを振り向いた。
一瞬、青ざめた顔をするが、いつもと同じ表情になって言った。
「見られちゃったのか・・・・・」
「えっと、君は俺がみんなに買ってくれって頼んでたから買ってくれたの?」
あの人は少し黙り込んでいたけど
「違う」
と言った。
「じゃあ、もしかして・・・・・」
「そうだよ。君の思ってる通りだ。僕はVIPPERだよ」
・・・・・やっぱり。
と、ハピマテが俺の肩をつんつん、と突っついてきた。
「ねぇ、この人だれ?」
「えっと、隣のクラスの人」
俺はそう言うと、またあの人にむき直したが、またハピマテがつんつんと突っついてきて、
「ねぇ、びっぱーって何?」
「えっと、俺がネットにスレをたてただろ?あの掲示板を覗いてる人のことだよ」
と簡単に説明して、またあの人の方を向く。
「・・・・・なんなんだ?その子は・・・・・」
あの人があきれ顔で訊いてきた。
「私は――」
「えっと、この子は、親戚の子で俺の家に居候みたいなことをしてるんだ」
俺はハピマテの口を押さえて、言った。「私はハピマテだよ」なんて言われたら、説明するのが面倒になるだけだと思ったからだ。
「でも、君みたいな人がVIPPERだなんて・・・・・」
「まぁ、人を見かけで決めるなってことさ」
そう言うと、あの人は
「俺はもう家に帰るから。金も無くなってきたし」
と言うと、その場を去っていった。やっぱりモテる奴は違う、そう思った。
そして、また、話したことのない人と親しくなれたかな、と思うと改めてハピマテの力を感じた。


俺は、予定通り、7枚のハッピーマテリアルを買って帰宅した。
そして、急いでオリコンのホームページを開き、CDのデイリーランキングをクリック。
そして、時計で7時になったことを確認すると、更新ボタンをクリックした。


発売日の翌日。フラゲ分のデイリーランキングフラゲにしては上出来だった。
そして、今日の午後7時に発売日分のデイリーランキングがでる。
アニソンは他の人気歌手と違って、ランキングがが「発売日>フラゲ分>2日目>3日目...」と、下がっていってしまう傾向がある。
他の人気歌手は一週間ある程度順位を維持するので、ランキングにはあまり変動がおきない。
しかし、アニソンがあるときは別で、アニソンが下がる分、他のCDが上がる。
つまり、発売日初日で勝負をかけられないと、後は絶望的ということになる。
「じゃあ、いってきます」
「いってらっしゃーい!」
いつも通りの挨拶をして学校に向かった俺は、走って学校に向かった。
理由もいつもの通り。遅刻しそうだったからだ。
ガラッ
息を切らしながら教室に入った俺。時間は8時27分。遅刻3分前。
「ギリギリセーフ・・・・・」
そうつぶやくと
「ちょっと、こっちきて」
とあの娘に呼ばれた。
あの娘の机の方に行くと、あの娘が、バッグから何かを取り出した。
それは、ハッピーマテリアルだった。しかも、1枚じゃない。5枚も・・・・・
「え、こ、これ・・・・・」
「約束してたでしょ。1枚だけ買うんじゃ申し訳ないから5枚買ったのよ」
俺は、唖然とした。あの娘が俺のためかどうかは知らないが、こんなにCDを買ってくれるなんて思っても見なかった。他の友人と一緒で1枚だけ、と思っていたからだ。
「あ、でも・・・・・」
「大丈夫。まとめ買いはしてないから。私が何にも調べないで買うと思ったの?」
あらためて俺は、あの娘の凄さを実感した。やっぱり、なんでもやり通す娘なんだ。そう思った。
「とにかく、協力ありがとう」
「別にいいのよ。気にしないで」
そう言うとあの娘は
「ほら、早く座らないと、遅刻になるわよ。座んなさい」
俺は言われるがままに、自分の席に戻った。


その日も、俺の友人は買ってきたハッピーマテリアルを見せてくれた。
「買ってきてやったぞ。感謝しろよ」
「ほら、お前の言ってたのこれでいいんだよな?種類沢山あって迷ったよ」
そんな言葉を聞いていると、本当に1位が無理だなんて思わなくなってくるから不思議だ。
隣のクラスを覗くと、昨日会ったあの人は、いつも通り席に座って本を読んでいた。
たまに女子が寄ってきてあの人に話しかけるが、軽くあしらう。その点、やはり流石だな、と思った。


学校が終わり、帰り道。
俺は、早く帰るため、小走りで走っていた。
「あ、あのー!」
呼び止められ、俺は立ち止まり振り向いた。
後ろには、息を切らしながら走っている女の子・・・・・。俺の無実を証明してくれた、あの彼女だった。
「ど、どうしたの?」
「あ、あの、こ、これ・・・・・」
息を切らしているので、話がよく分からない。
と、彼女は、俺の教科書を持っていた。
「え、こ、これは・・・・・?」
「え、えと、あ、あの、私のクラスの人があなたから教科書借りたまま返すの忘れていたと言っていたので・・・・・。私、帰る方向ちょうど一緒だったから届けてあげようと・・・・・」
大分落ち着いてきたがまだ息が荒い。
「ご、ごめん。そういえば貸してたな。お、俺に返すために走ってきてくれたのか。ありがとう」
「い、いえ。気にしないで――」
「今度なんかおごるよ」
そう言うと、彼女は少し顔を赤くして
「そ、そんな、別にいから――。そ、それじゃぁ」
と言うと、俺を追い越して走って行ってしまった。
俺には、その時、それほど違和感も感じなかった。
ただ、「良い子だな、彼女は」そう思っただけだった。
そして、俺は、急いで帰っていたことを思い出すと、教科書をバッグの中にしまって、また歩き出した。

       (第七話から第十二話まで掲載)