「おーい、そっちもっと引っ張れ!」
 あいつが声を張り上げている。俺はその言葉に従う。
 あいつは手慣れた手つきでテントを作っているところだ。そのあいつにこき使われて、その場にいる俺とあの人はテントを一つ作り終え、二つ目のテントに取りかかった。
 今、俺が来ているのは自宅近くの駅から電車に乗ってすぐのところにあるキャンプ場である。何故、高校生にもなってキャンプに来てテント張りをしているのかというと、それはあいつによる唐突な思いつきが、俺の携帯に舞い込んできたところから説明しなければならない――


『突然だけど、みんなでキャンプ行こうぜ』
 その日、あいつの携帯からやってきたそのメールを見た俺は、言葉が出なかった。
 ――キャンプだって?・・・・・・なんのために?
 俺はあらゆる自問をくり返したが、答えはなかなか出ない。仕方がないので、俺は返信をした。
『どういうことだ。目的は何?』
 あいつからメールが返ってくるのは、いつになく早い気がする。
『目的は、暇な三連休を有意義に過ごすためさ。他にはない。今度の三連休、キャンプに行こう、っていうことな。お前がOKなら、詳細を伝える』
 そういえば、さっきあの娘が言っていたな。「彼がまた変なことを考えている」と――
 やれやれ、か。俺の教訓だと、あいつの提案に乗って悪い事はまず起きない。それに、三連休は幸か不幸か、完全にフリーの状態であった。
 俺は自分のベッドに腰掛けながらメールを打つ。
『三連休は暇。詳細を聞いて、悪くなければ行くよ』
『期日は言ったように次の三連休。場所は近場のキャンプ場だ。お前も知ってるよな?I岳近くのところ。誘うつもりでいるのは、お前とあの人だけ。ただ、一つだけルールがある。それは、各自が一人ずつ、女の子を誘うってことだけ。OK?』
 あいつから返ってきたメールを、俺は3回読み直した。そして、やはり最後の一文で頭を悩ませた。
『女の子を誘う?どういうことだ』
『言葉通りだよ。俺とお前とあの人。それぞれが一人ずつ、女の子をキャンプに誘うんだ。だから、参加者は男3人、女3人の6人になる。じゃ、そういうことだから。あの人はもう承諾したぞ』
 ――しかし、これは困った。
 女の子を誘う、となっても、俺の高校に誘えるほど仲の良い女子はいない。
 他校として思いつくのは、今日会ったあの娘くらいだろうし、しかし、あの娘はあいつがキープしているに決まっている。妹さん、という手がないこともないが、その線もあの人がキープしているであろうから、やはり消えだ。
 と、なると、残るは――


 ――と、そういう経緯があって、今、俺の横では
「これを地面に打つんですね?」
とハンマーを持っているセンスパがいるわけである。
 当日になってやってきた、俺、あいつ、あの人の他の二人は予想通り、あの娘と妹さんであった。そして、俺が連れてきたのはセンスパである。
 女の子を連れてこい、と言ったあいつの目的は、理解できるようにして理解できなかったが(あいつには、あの娘がいるわけだし)、まぁ、この際それはどうでもいい。
 センスパは見た目は中学生だし、妹さんは正真正銘、本物の中学生だ。しかしあいつはやって来た女子組が二人とも中学生であったことに対して特に気にしている様子もない。
「よーし、テントも作り終わったし、さっそく一日目イベントのバーベキュー大会に入ろうぜ!女子のテントはあっちの奴だから、荷物は向こうに置いてくれ」
 あいつは数十メートル離れたテントを指さしてそう言ったあと、自分の荷物を今作っていたテントに置いてから、河原の方にダッシュした。
 時間は夕方。いい感じに夕日が照っており、少し早い夕食としてはちょうど良いだろう。
 あの人も、自分のリュックをテント内に置いてから、俺に向かってよく分からない微笑みを向け、河原の方へ歩いていった。
 現に俺自身、今の心境は最高に近かった。こんな事は中学以来ではないだろうか。気分が盛り上がってきた俺の顔にも、よく分からない笑みが浮かんでいたことだろう。


「ほぉら、あーんしようよ。キャンプでバーベキューするときの定番だよ〜」
「そんな定番は今まで生きてきて、聞いたことがない」
 バーベキューで焼いた串を差し出す妹さんと、それを軽くあしらいながら自分で肉をつまみ上げ食べるあの人。
 そしてその、見るからにつり合っていない兄妹をまじまじと見つめている俺、あいつ、あの娘の三人。
 俺達の行動は、当たり前と言えば当たり前である。今、あの人に対して微笑みながら串を差し出している女の子があの人の妹さんだとは、見た感じで、ではあるが誰も予想できることではなかろう。
 俺があいつに妹さんのことを紹介した時は、あいつもあの娘と同じような反応を取った。
「ねぇ、ほら、口開けて〜」
「第一こんなことしないでも、他に食べさせてあげたい人がいるんだろう?」
「もう、女心くらい分からなくちゃ駄目だよ、そんなこと言っちゃ駄目なの〜」
「女心なんて、分かる必要ないね」
 そんな会話を凝視していた俺だったが、ふと振り返るとそこではセンスパが複雑な表情で野菜をつまんでいた。
「退屈?」
 俺はセンスパの方に近づいていって言う。
「そんなこと、ないです。楽しいですよ」
とセンスパは答えたが、とても楽しそうには見えない。
「・・・・・・妹さんみたいに、あーんしたいの?」
「そんなんじゃありません!」
 俺の冗談を真に受けて怒ったセンスパを見て笑いながら、俺は
「ほら、みんなと一緒に食べようよ」
とセンスパを誘導する。センスパは、素直にそれに従った。


 夜になって、俺達はテントに入った。男子三人になったテントは、一瞬静まりかえったわけだが、その後もずっと静かだったかといえば、そんなはずはない。
 あいつは懐中電灯をつけると、にやつきながら俺に尋ねる。
「さて、本番の始まりだ。あの女の子との関係を教えてもらおうか」
 あの女の子、というのはセンスパのことだろう。俺は、首を軽く横に振りながら
「別にそんな、さっきも言ったけどただの親戚だって」
と答える。さすがに、センスパの正体は明かさないべきだ、と思ったからだ。
 すると、今度はあの人が口を開いた。
「でも、血縁関係はないんだろう?」
「まぁ、それは・・・・・」
「それじゃあ、特別な関係であっても不思議じゃないね」
 そこまで言うと、あの人もにやりという、不気味な笑みを浮かべた。
 俺はその後も、困って弁解を繰り返す。あの人は、
「じゃあ本当に何でもないんだね?」
と確認をしてきた。俺はもちろん、
「ああ」
と返事をする。すると、あの人は
「それじゃあ・・・・・」
と言ってあいつの方を向くと、一言二言、耳打ちをした。
 あの人から耳打ちを受けたあいつは
「ははっ、そりゃいいや」
と笑いながら返事。俺にはまったく何のことだか分からない。あの人とあいつは俺の方を見ると、二人揃って意味不明の笑みを向けてきた。俺は、よく分からないまま釣られ笑いをするしかなかった。


 深夜になって、あの人とあいつも眠りについた。俺も翌日にそなえて眠っていたが、ふと目が覚めたため、トイレに行ってから寝ようとテントを出た。
 肌寒い外を歩く。電灯がついているので、暗闇でもない。
「あれ、何してるんですか?」
 声がしたので驚いて振り返ると、そこにはセンスパが立っていた。俺は
「いや、ちょっとトイレに・・・・・」
と答えて、センスパの方を見る。
「あのさ、パジャマのボタン、上の2つ、外れてるよ」
「えぇっ」
 俺に言われ、センスパは慌ててボタンを閉めた。言わないでおくべきだっただろうか。色々な意味で。
 ――と、センスパは急に上を見上げる。俺も、釣られて上を見る。
「星、綺麗ですね・・・・・」
 センスパに言われて、気が付いた。確かに、凄い星である。町中から離れたこのキャンプ場では、星がよく見える。おまけに今日は夜まで快晴。俺は、先日行った天文台のことを思い出した。
「ああ、綺麗だ・・・・・」
 俺は答えて、センスパの方にむき直す。空を見上げながら、自然な、作り笑いでない自然な笑みを浮かべているセンスパは、今までみたことのないくらい魅力的であった。
「あ、あれ?」
 今度は別の方向から声がして、俺とセンスパは同時にそっちを振り返る。そこに立っていたのは、フリルのついた可愛いパジャマを着た妹さんだった。
 妹さんは、ほえ〜、と溜息をついた後に、にっこりと笑ってから言った。
「やっぱり二人とも、ラブラブなんですね〜」
 ――やっぱり、というのはどういうことだろうか。そんな話したかな・・・・・
 その言葉にセンスパは慌てたように
「な・・・・・、だ、だから、そんなんじゃないんだってば・・・・・」
と返事をする。一方、妹さんは慌てた様子もなく
「そっか〜、そうなんだ〜、えへへ、ホントかなぁ?」
とセンスパに笑いかけた。
 なんだか状況がまったく読めないが、センスパが、今日で一番楽しんでいるように見えたので、俺の心の何処かで安心に似た感情が芽生えたような気がした。


 次の日は、昨日にバーベーキューをした河原での魚釣りやちょっとした登山大会、夜には花火を行った。もちろん、どれもキャンプ場の許可を得て行ったものであることを、断っておく。
 さて、時間は深夜になった。正確な時刻で言うと、0時4分過ぎである。
「じゃあ、今日の本題を始めるぜ。キャンプの定番、肝試しだ」
 あいつがにやにやしながら言う。その場に集まったあいつ以外の5人は、呆れた顔をしたり真剣な顔をしたり笑顔だったりとまちまちだが、全員があいつの話を聞いていることは確かだ。
「コースはそこの林道だ。その林道の一番奥にある原っぱには、俺が昼間のうちにお札を人数分置いてきてある。ルールはシンプルで、そこの林道を歩いてお札を取ってくるだけだ」
 あいつはそう言った後、ところで、と付け加える。
「今回の肝試しにはシナリオ付きなんだ。俺作のシナリオがな。じゃあ、そのシナリオから説明するぜ」
 あいつはおどけた様子で懐中電灯を顔の下から照らして不気味な表情を作りながら、説明を始めた――


 つい最近のことである。
 今の俺達のように、若い男女のグループが此処に集まって肝試し大会を行った。
 ルールも、俺達と一緒。一人ずつ林道を歩き、一番奥の原っぱを折り返し地点として戻ってくるというものだった。俺達と違うところは、その若者グループが懐中電灯も何も使わない、完全に暗闇で肝試しを行ったことだけであった。
 この林道の往復には20分ほどかかる。その若者グループは一人ずつ、五分おきに出発させた。
 その中に一人、女がいた。仮に、A子としておこう。
 A子は先に他の友達が出発してからきっかり5分後に、出発した。
 傾斜のほとんどない、なだらかな整備された道を少し歩いていると、向こうから先に行った友達が戻ってくるのが見えた。往復して戻ってきたようだ。
 A子は帰り道にさしかかっている友達とすれ違いざまに数秒間だけ話をして別れると、また先へと進んでいった。
 A子は折り返し地点の原っぱについて、一度そこで寝転がった。あまりにも星が綺麗だったため、空を眺めたくなったのだ。
 一分くらい寝ころんでいただろうか。A子は起きあがると、歩いてきた道を引き返して、スタート地点へ戻るために再び歩き出した。
 しかし、そこで違和感に気が付いた。
 自分の5分後にスタートしたはずの男友達となかなかすれ違わないのである。
 自分は原っぱで時間を潰してしまったため、すぐにその男友達とすれ違う計算だった。時計を確認するが、自分がスタートしてから15分経過している。まさか、男友達は何処かへ消えてしまったのではないのだろうか。
 そう思ったA子は急に怖くなって、早足で歩いた。道に転がる小石に何度もつまずいたが、そんなことを気にしている場合ではない。心なしか、帰り道がとても長く感じられた。
 結局、A子は男友達とはすれ違わなかった。A子がやっとの思いでスタート地点に戻ってみると、そこには友達が全員揃っていた。
 A子は安心した。自分の後をスタートしたと思っていた男友達は、出発していなかったのか。それなら、すれ違わないはずだ。
 すると、その男友達は言ったのである。
「A子、お前、何処に行っていたんだ?俺、ちゃんとA子の5分後にスタートして戻ってきたけど、A子とは出会わなかったぞ?」
 A子の背筋に寒気が走った。
 A子も確かにルール通りの行動を取った。そして、A子は男友達とすれ違わずに戻ってきた。男友達も、ルール通りに進んで、A子とはすれ違わなかった・・・・・
 全員が不思議に思っていた時、誰からというわけでもなく、こんな言葉が漏れた。
「A子、あなた、もしかしたら神隠しにあったんじゃない?」
 それから、林道の原っぱにはお札が置かれることになったという――


「――と、こういった具合のシナリオだ。ちなみに、俺が完全原作。今日即興で考えたことだから、完全にフィクションだということは断っておこう」
 あいつの話は、実によくできた怪談だった。あいつにしちゃ、かなり上手い作り話である。大分、怖い。
「俺達は懐中電灯を使用するぜ。ちなみに、ちょうど6人いるから男女のペアで行おうと思う。ペアは、普通に、でいいな?」
 普通に、というのは、あの人と妹さん、あいつとあの娘、そして俺とセンスパのペア、という意味だろう。
 全員もそう解釈したらしく、素直に頷いた。
「それじゃあ、最初は俺達のペアからだ!あ、そうそう、この林道、結構道が入り組んでるから簡易地図を用意したぜ」
 あいつはそう言ってB5版の紙に描かれている手書きの地図を全員に配ると、あの娘を連れて
「それじゃ、行ってきます。次はあの人のペア。俺達がスタートした5分後にスタートしてくれよ」
と、林道の中へと入っていった。あの娘は少しも怖がる様子を見せず、あいつと何か話ながら、そのまま暗闇の中に姿を消した。
「ねぇ、君、暗闇ってことだけど大丈夫なの?」
 あの人が話しかけてきた。俺は笑って答える。
「うん、少しでも明かりがあれば大丈夫になったから。」
「それならいいんだ、さて、時計を確認しておかないと」
 あの人はそう言って、自分の腕時計を見た。


「じゃあ、行ってくるよ。神隠しにあわないように注意してね・・・・・」
「あーん、怖いよう〜」
と言ってあの人と妹さんが出発してから、5分が経過したのを俺は自分の腕時計で確認する。
「それじゃあ、行こうか」
 俺が言うと、センスパは
「は、はい」
と幾分緊張した口調で答える。どうやら、怖いようだ。
「なあに、大丈夫さ」
 俺はそう言って懐中電灯のスイッチを入れると、一人で林道の入り口へと向かった。足音で、後ろからセンスパがついてくるのが分かった。


「懐中電灯あっても、結構暗いもんだね」
「大丈夫ですか?」
「ああ、うん、俺は平気」
 あいつから渡された簡易地図を頼りに、道を進んでいく。途中で獣道のようなものが脇にそれているのを見つけたが、ほとんど一本道なので迷うことはなさそうだ。
 ――と、向こうから歩いてくる影が見えた。
「お、よう」
 あいつとあの娘のペアであった。二人は折り返しをすぎて帰り道のようで、手にはあいつの言っていたお札が握られていた。
「月明かりもあるし、そんなに暗くないのね」
 あの娘は俺と正反対の感想を述べた。センスパは黙って周りをきょろきょろと伺っている。
「あの人達のペアとも会ったぜ。じゃ、頑張れよ」
 あいつはそう言うと、あの娘を引き連れて俺達が歩いてきた道を引き返していった。
「じゃあ、俺達も進もうか」
 センスパにそう言って、俺は懐中電灯で前方を照らしながら、再び歩き出した。


 目の前に大木が姿を現した。あいつの地図にも、この大木は記されている。この木が現れたということは、折り返し地点の原っぱまでもう少し、ということである。
「・・・・・これ、おかしくありませんか?」
 ふと、センスパが言った。センスパは続ける。
「だって、あの人と妹ちゃんペアと、すれ違いませんよ・・・・・?」
 ――言われてみれば、確かにそうだ。
 俺とセンスパは、もう折り返し地点に近づいている。それなのに、あの人と妹さんペアを目にしないのは、明らかにおかしい・・・・・
 俺の背筋に寒気が走る。あいつの作り話の怪談を思い出す。あの話の状況に、酷似している・・・・・
 その時だった。
 俺の肩の上に、後ろから手が置かれた。
 センスパが悲鳴をあげて、俺に抱きついてきた。俺も、大声を出しそうになる。
 冷静になれ。
 自分にそう言い聞かせて、そっと後ろを振り向いた。
「やあ」
 いつもの二倍速になったと思える俺の心臓が、一気にきゅんと縮んだような気がした。
「わーい、引っかかった〜」
 そこにいたのは、楽しげに笑っているあの人と妹さんだった。
「ずっとそこの木の陰に隠れて、驚かせようとしたんだ。悪いね、こいつがどうしてもっていうから」
 そう言って、あの人は妹さんを指さす。
「びっくりしました?びっくりしましたよね?えへへ、びっくりしたから、抱きついたりしてるんですよね〜」
 妹さんの言葉に、センスパは我に返ったように俺の身体から離れると
「しょ、衝動的に近くにあった物に掴まっただけです!」
と言いながら、無気になって怒った。こういうところが、センスパの魅力なのだと思う。
「それじゃ、後は頑張れ。神隠しにあったら、僕が探してあげるよ。見つけられるかどうかは、微妙だけどね」
 あの人はそう言って手を振ると、俺が歩いてきた道を引き返していく。妹さんもにこにこしながら軽くお辞儀すると、それに続いた。
「ふぅ・・・・・、びっくりした・・・・・」
 俺は呼吸を整える。心臓の動きも、正常に戻ってきた。
 照れ隠しなのか、少し先まで走っていたセンスパが、声をあげた。
「原っぱです」
 俺も走ってそこまでいく。確かに、そこには小さな原っぱがあった。そして、その真ん中にある岩の上に、お札が置いてある。
「あとはこれを持って帰るだけだ」
 俺はお札を取り、ポケットに入れる。
「えっと、俺達が来たのは、この道だね」
 俺は地図を見て、そう確認した。と、いうのも、その原っぱには3、4本の道への入り口があったのだ。つまり、この林道にある数々の道の中間地点が、この原っぱだということだろう。
「早く帰りましょう」
 センスパは心なしか怯えた口調でそう言った。俺は笑って、頷いた。


「やぁやぁ、お疲れさま」
 林道を抜けて、無事、スタート地点まで戻ってきた俺とセンスパは、そんなあいつの言葉に迎えられた。あいつは言葉を付け加える。
「男女関係も、深まったと見えるな」
 ――どういうことだ?
 そう思ったのもつかの間。俺は、知らないうちにセンスパと手を繋ぎ合っていたことに気付いた。いつのまに・・・・・、まったく無意識だった・・・・・
「え、あ、ちょ、ちょっと、いつのまに・・・・・」
 センスパも俺と同じ考えのようだ。きっと、どちらからというわけでもなく、お互いの手を握っていたのだろう。センスパは、慌てたように手を離した。
「まぁ、そう照れなさんなって」
 あいつはけらけらと笑いながらそう言う。センスパは、そんなあいつの言葉を完全に無視した。
 あいつが、こほんと咳払いをして
「さて、じゃあ夜も遅いから、各自テントに――」
と皆を促そうとした時、あの人が片手を広げて前に出して、
「ちょっとまった」
と言葉を遮った。
「いいかな、少しだけ。このシナリオについてなんだけど――」
「あれ?お兄ちゃんも気付いてたの?」
 次は、妹さんがあの人の言葉を遮る。あの人は、妹さんの方に向き直って言った。
「ああ、やっぱりお前も分かったのか。そうかとは、思ったんだけど」
 二人の会話は、俺にはちんぷんかんぷんである(死語だな・・・・・)。あの娘とセンスパも、それは同じと見えて首をかしげている。しかし、あいつだけは、口元をつり上げて苦笑いをする、という違う反応を取った。
 そんな俺達を気にせず、あの人と妹さんは会話を続ける。
「あーん、せっかく私だけだと思ったのに〜」
「それじゃあ、お前に説明する役目を譲ってもいいよ」
「ホント?ホントね?」
 妹さんは、あいつの真似をしたのか、咳払いを一つして全員の注目を集め、そして、何の前置きもあの人と交わしていた会話の説明もせずに、話を始めた。


「この肝試しのシナリオは、フィクションだと彼が説明しました」
「その通り」
 あいつは、さっきまでの苦笑いを消し、今度は本当に状況を笑っているような笑みを顔に浮かべながらそう反応する。
「A子さんが神隠しにあった、というストーリィでしたが、これはただの怪談話ではないように私には思えるのです。真相から話します。A子さんが、後から出発した男友達と出会わずにゴールしてしまった理由は、こうです」
 妹さんは、まるでドラマの名探偵のように指を一本立てて、続けた。
「A子さんは、行きと帰り、違う道を歩いていた。A子さんと男友達のどちらも本当のことを言っているとしたら、正答はそれだけになるんです」
 妹さんは、あいつの用意した簡易地図の裏にさらさらと何かを書くと、それを俺達に見せた。それは、簡易的に書かれた図だった(『図』参照)。
「この林道の道が入り組んでいることは、さっき彼が説明した通りです。こんな風に、ここを出発して林道を通り、あの原っぱに行く道は、少なくとも二種類あると考えられます。正規のルートをルートaとすると、他にもう一本、ルートbが存在しており、それはルートaと途中で交わっています。それも、至って自然に」
 俺は、あいつの表情を伺う。あいつはまだ、にやけ笑いを浮かべたままだ。
「私達が彼に指定されて今、歩いた道は、ルートaでした。気付いた人もいると思いますが、途中に獣道のように他の道へ行く分岐地点がありました。普通に見れば、とても目立ちにくい場所です。その獣道が、ルートbとの交流地点だったと考えられます」
 妹さんは、自分が描いた図を細い指でなぞりながら、説明を続ける。
「最初、A子さんはルートaを使って原っぱまで行きました。それは普通です。しかしA子さんは、原っぱで少し休憩をしました。そして再度、同じルートを通って帰ろうとしましたが、そこで、来た道と別の道――ここで言うとルートbですが――へと進んでしまったのです」
 俺は思い出す。確かに、原っぱから林道へと戻る道は、複数あった。俺は地図を持っていたし、原っぱに到着してからすぐに引き返したから元の道を通ることができたが、もし、原っぱで数分立ち止まってからだったらどうだっただろうか。俺も、間違えて別の道へと入ってしまっていたかもしれない。
「後は簡単ですね。A子さんがルートbを進んでいる時、男友達はルートaを進んでいるのですから、出会うはずがありません。A子さんは懐中電灯なしで、自分の眼だけが頼りでしたから、元の道と違う道だということは、気付かなかったのでしょう。林道は木がいっぱいで、ちょっとやそっとでは違いが分かりませんから」
「でも、交流ポイントは獣道みたいに細い、目立たない道だったんだよ?A子さんがルートbを通って、その後にルートaの道へ戻る時、分かるんじゃない?」
 センスパが妹さんに尋ねる(今気付いたが、センスパが敬語を使わないのは、妹さんに対してだけだ)。
「進む道が一本道なら、ただひたすらまっすぐ進むことしかできないでしょ?だから、それがいくら細い道であっても、A子さんの記憶は修正されて、こんなもんだったかもな、と思ってしまうの。ルートaの方から見たら細い道でも、ルートbから見れば、繋がっている唯一の道になるから。それに、A子さんは帰り、男友達と出会わないことに焦っていたしね」
 確かに、先が一本道だったら、何の疑いもなく俺はそれを進んでしまうだろう。もしも分かれ道があったら、道幅が広い方に行くのは、人間の心理だが、一本しか道がないところは、選択をする必要がないので思考をせずに進んでしまう。それも人間の心理である。
「彼の話には、いくつか伏線が張ってありました。例えば、A子さんは行きは整備されたを道を進んでいたけど、帰りは何度も石につまずいた、というもの。これは、行きと帰りで違う道を歩いていたことを示唆しています。あとは、帰り道が長く感じられた、というもの。実際確かめていないので分からないけど、きっとルートbの方が距離が長いのだと思います。後から出発した男友達が先にゴールしてしまったほどだから」
 妹さんは、最後ににっこりと微笑んで、言った。
「解答は以上です。どうですか?」
 その言葉を受けたあいつは、一度表情を固くした後、すぐにふっと微笑んだ。
「ははっ、正解正解。まさかここまで当てられるとはなぁ・・・・・、さすがあの人の妹・・・・・」
 そう言った後、あいつは補足する。
「さっき言っていた、ルートbの方が長い、というのは本当だ。俺が歩いて確かめた。ホントはさ、このゲームが終わってから俺が種明かしする予定だったんだ。みんなの驚く顔を見ようと思ったんだけど、失敗しちゃったなぁ・・・・・」
 あいつは、話を終えると軽く音を立てて拍手した。
「やったー、当たりなんですね?お兄ちゃん、今更『同じ考えだ』なんて言っても、聞かないからね〜」
 妹さんは、心の底から喜んでいるような動作で、喜びを表現した。あの人は、
「酷い奴だな・・・・・・、まぁ、それでもいいけどね」
と笑っている。
 俺は、あいつの創作力に感心していた。あいつが、一日でこれだけのシナリオを考えるとは思っていなかった。
 妹さんは、あいつの方に近寄っていって上目遣いで尋ねる。
「賞品はなんですか?お菓子?肩たたき券?えへへ、キスでもいいですよ〜」
 妹さんのキス、という言葉に、俺はドキっとするが平静を装う。下手に反応したら、かえって不自然である。
 自己を安定させるため、俺はセンスパに話しかけた。
「センスパ、この謎解き、気が付いてた?」
 すると、センスパは何処か哀愁を漂わせながら
「気付いてないです。そんなこと考える余裕もありませんでした・・・・・・、こういう肝試しとか、苦手なんです、私・・・・・」
と答えた。そう言ってうつむく姿も、俺の目には綺麗に写った。
 その後、少しだけ会話を交わしていたが、誰かが欠伸をしたのをきっかけにあいつが
「じゃ、今日のところは解散にしようか。みんな、眠いだろ?」
と言い、それが解散の合図となった。
 全員が自分のテントに戻る。そして、冷めない興奮を静めつつ、眠りについた――


 翌日。キャンプ最終日の早朝。
 テントというものは、所詮は一枚の布であるからして、外からの光を完全に防ぐことができない。
 俺は、外が明るくなってきたのを感じて、自然と目を覚ました。右手につけられた腕時計を見る。5時14分。少し、早く起きすぎたようだ。
 腕時計を見ただけで、俺は目を再び閉じるがなかなか二度寝ができない。こんなに朝早くから起きるのも不必要だったし、周りから物音が聞こえないため、あいつとあの人もまだ眠っていることを確認できる。
 俺は、左手を軽く動かす。――と、左手の小指が何かにぶつかった。
 俺は、目を閉じたまま左手に感覚を集中させてそれが何か探る。人肌であることは、すぐに分かった。
 俺は、左側に誰が寝ていたかを思い出す。たしか、あいつだったはずだ。
 ――あいつめ、離れてねていたのに転がってきたな・・・・・
 俺はそう思ってから目を徐々に開ける。すぐ隣に男が寝ているというのはあまり気持ちが良くもない。俺は、あいつの身体を押して自分が寝転がる範囲を確保するつもりだった。そう、そのつもりだったのだ。対象が、あいつだったら。
 目を開けてから、俺は左側に首を倒した。そして、絶句した。
 そこにいたのは、あいつでもあの人でもない。妹さんが安らかな寝顔で眠っていた。
「・・・・・・へ?」
 やっと声が出せるようになった俺は、とりあえず反対側を見る。そこには、あの人が眠っていた。それが、いたって普通の光景なのだ。
 落ち着いてから、俺は再び左側を見る。やはり、そこに寝ているのは妹さんだ。そしてその向こうに、あいつが寝ているのが見える。
 ――ここは男子用テントだ。それは間違いない。それなら、何故妹さんがここにいる?
 俺は自問するが、答えは出ない
 自分の左手の先にあるものを見る。
 さっきからあいつだと思って触っていた人肌は妹さんのもので、それもその右太股というかなり際どい身体部位であった。
 俺は自分が犯罪者にならないためにまず左手を引っ込めてから、精神を落ち着かせて、わざと音を立てて起きあがった。
「ん・・・・・、なんだよ・・・・・」
 あいつが目を覚ます。あの人が起きあがったのも、気配で分かった。そして、今、俺の目の前にいる妹さんも。
「・・・・・・え?」
 誰より先に、あいつが驚きの声をあげた。当然の反応であろう。
 妹さんが状況を理解できないようにきょろきょろしている時、あの人が冷静な声で尋ねた。
「・・・・・なんで、お前がここにいるんだ?」
 冷静ではあったが、驚きの感情を含んだような声だった。
「え、そ、そんな・・・・・、なに・・・・・?」
 妹さん自身、自分が何故ここにいるのか分かっていない様子である。
 一度、大きく深呼吸してから妹さんは自分の顎に人差し指をあてて記憶を呼び覚まそうとした。
「え・・・・・っと、昨日、お手洗いに起きて・・・・・、その後は・・・・・・」
 とても神妙な顔をする妹さん。
「私、その後にここに入っちゃったのかな・・・・・・?」
 ――つまり、妹さんは夜中にトイレに起きて、その後寝ぼけて女子用テントに戻らず、男子用テントに入り、そのまま眠ってしまった、と・・・・・・
 俺はかなり複雑な気持ちになる。女の子と一晩、同じテントで眠ってしまったのだ。きっと、この感情はあいつも同じはずである。
 至って冷静なあの人と、流石に笑顔を忘れうろたえている妹さんに俺は言う。
「と、とにかく、この事は内密にして、他の女子に見つかる前に早く向こうのテントに戻って――」
 俺は言葉をそこまでしか言うことができなかった。俺の言葉の途中で、テントの出入り口部分が開いた。外から朝日が差し込んでくる。
「何を内密にって?・・・・・もう、見つかってるけど」
 テントの外には、あの娘が怒り笑いのような表情をして立っていた。機嫌が良さそうだとは、とても言えない。
「こ・・・・・、これは、どういうことですか?説明・・・・・、してください・・・・・」
 その横にはセンスパも立っていた。こちらも、怒っていることは明白だ。
 それも、当たり前であろう。テントの中には男子三人に囲まれた妹さんが一人。いろいろな勘違いが生まれて当然だ。大体、俺だって何が起こったのかまだよく把握していない。
「これがキャンプの目的だったんじゃ、ないでしょうね?」
 あの娘が感情を押し殺したような妙に冷たい声で言った。昨日の肝試しより、怖かった。


 ――一応、状況説明は終わった。
 あの人が中心になって、真実のみを伝える。妹さんも俺達を弁護してくれた。
「ふぅん・・・・・、そう・・・・・」
というのは、あの娘の言葉である。センスパは、ひたすら無言だ。
 どうも険悪なムードに妹さんは
「すみません、私がドジで馬鹿なばっかりに・・・・・・、あの、その、すみません・・・・・」
とひたすら謝り続けている。妹さんを責めるつもりはさらさらない。それは、あいつも同じのようだ。
「気にすることないって」
と妹さんをフォローしているのが、あいつである。
「じゃあ、私はもう一眠りするわね。8時になったら起きるから」
 あの娘は冷たく言い放った後、さっさと自分達のテントに戻っていった。センスパも無言のままそれに続いた。妹さんも最後にお辞儀をして去っていく。
「・・・・・なんか、すげぇことになっちまったな」
 あいつが言った。まさに、その通りだと思う。眠気など吹っ飛んでしまった。


 朝食を終え、男子勢で相談した結果、俺がセンスパと、あいつがあの娘と二人きりでの自由行動を儲けてこの誤解を晴らそう、ということになった。あの人もその意見に同意した。
「それが一番いいね。妹の方は僕に任せてくれるかな」
 センスパと話をすることに苦労したが、なんとか一緒に散歩するという口実で二人きりになることができた、というのが今の状況である。あいつも今頃、あの娘と何処かを歩いていることだろう。
 川のせせらぎが聞こえる川沿いの道を俺とセンスパは歩いていた。
 俺はさっそく、本題に入る。
「さっきのことだけどさ、あの説明で信じて・・・・・、ないよね?」
 センスパは俺の隣をうつむきながら歩いていた。その口が、小さく開いた。
「信じます。・・・・・でも、なんだか納得できないんです」
 周りに誰もいない道。俺とセンスパのどちらも声を出さなければ、聞こえるのは川の水音だけである。したがって今、俺の耳には水音だけが入り込んできている。
 俺はちらりと横をみて、センスパの表情を伺う。うつむいていて分からなかったが、笑っているようには見えない。つまり、その真逆であった。
 センスパが目の涙が、ここまではっきりと確認できたのは初めてだった。
「ごめんなさい、素直じゃなくて・・・・・。自分でも嫌になります、こんな性格・・・・・、最悪です・・・・・」
 センスパは呟くように言った。その言葉は、周りの自然音に溶け込んでしまいそうなくらい淡かった。
 その後センスパは、言葉に詰まったかのように黙り込んでしまった。
「そんなことはない、センスパは十分魅力的だよ」
 俺は出来る限り優しい笑顔を作って、語りかけるようにそう言う。
「本当ですか?・・・・・信じられません」
 うつむいたまま、足をゆっくりと動かすセンスパの歩く速さに合わせるように、俺の足も鈍足化する。
 一陣の風が吹く。川の水は音をたてて波形を作り、周りの草木はこの状況をさらに演出してくるかのようにざわめいた。
「本当だよ」
 俺は言う。
「人の魅力や価値観って、思うより複雑なんだ。自分の考えが世の中全てに通じると言うわけじゃない」
「複雑なのが、逆に単純なんです。きっと」
 俺の言葉の後にセンスパはそう呟いてから、泣き笑いのように喉を鳴らすと
「ほら、私ってあまのじゃく・・・・・」
と言って、その場に立ち止まった。
 センスパの二、三歩先を歩いていた俺も立ち止まり。ゆっくりとセンスパに近づく。俺とセンスパの身体が並んだ。自分よりも身長が低いセンスパの表情を伺うことはできないが、良い表情をしているはずがなかった。
「そんなに自己嫌悪に陥る必要はないよ」
 励ましてばかりで芸がないのは自分でも承知している。しかし、些細なきっかけ(妹さんのことであるが)からここまで落ち込んでしまったセンスパを見るところ、妹さんの件はトリガーになったに過ぎないように思える。こちらの世界(物後の世界、というらしいが)に来てからセンスパの精神に積もっていたストレスや緊張などが今、弾けてしまったのではないか。
 そうであるならば、俺に今できることは一つだけ。センスパに、優しくしてあげることしかないのである。
「・・・・・・そんなに私が魅力的で、私自身が思っているようなものじゃない、っていうなら、証拠を見せてください。目で確認できる、証拠を」
 肩を震わせて泣いているセンスパは俺の方に顔をあげてそう言った。その大きな目には、既にこぼれ落ちることを待っている涙が沢山たまっていた。
「証拠って言ってもなぁ・・・・・」
 俺は独り言のように呟いた。俺がさっきからセンスパに対して言っていることは嘘偽りない、本心だった。しかし、それの証拠を見せろと言われてしまうと、嘘発見機でもないかぎり、出来ない。
 俺のすぐ横を流れている川のちゃぷちゃぷという音だけがこだまする。俺には何もできないというのだろうか。今の俺は、川の水よりも、木々の緑よりも無力だ。そう思った。
 センスパは、俺が何も言わないのを見越したかのように、ゆっくりと、しかしはっきりと言葉を放った。
「本当なら・・・・・、本当なら、キス、してくれますよね?」
 ――沈黙。
「それを、証拠にしてください」
 向かい合っていたセンスパの顔は、真剣そのものだった。
 俺は頭の中でセンスパの言葉の意味を考える。その後に、センスパの積極さに驚き、そして、決意する。それだけの思考をするのに30秒。自分の精神状態を確認。オールグリーン、完全正常。次に、センスパの表情を確認。正常。そして、実行――
 俺が何か言おうと口を開けた、その瞬間だった。
 センスパは自分の両手で俺の身体を強く押す。俺は耐えきれずに後ろへとひっくり返った。
 そのまま俺は、川へと落ちた。どぼん、という大きな音。
 浅い川なので何ら危険はなかった。川の中で尻餅をつく俺。びしょびしょだ。
 センスパを見上げると、センスパは立ったまま俺の方を見て、
「冗談です。真に受けちゃいましたか?・・・・・疑ったりなんて、しませんよ。私が貴方を疑ったりなんて・・・・・」
と言うと、笑った。やっと見ることができた笑顔だった。目にたまった涙も、その笑顔を強調するかのように、輝いていた。
 俺の顔からも笑顔がこぼれる。良かった、本当に――



 夕方になり、帰宅の時間である。
 あの後、川で水を掛け合って遊んだ俺とセンスパは予備の着替えも使うことになった。
 全員集合した時には、あいつとあの娘も以前のように仲睦まじい関係に戻っていた。あの娘が少し照れているような気がするのは、俺の気のせいなのかもしれない。
 帰りの電車であいつ、あの娘、あの人、妹さんの四人は俺が降りる駅より一つ前の駅で降りていった。
 電車に揺られる俺の横で、センスパがまぶたを閉じてぐっすり眠っている。その首がかくんと俺の肩に乗る。重さは自然と感じない。
 センスパの寝顔を俺は眺める。こうやって見ると、まさに一人の少女だ。まさか、住んでいる世界が違うなど、とても思えない――
 俺はそんなことを思いながら、センスパの頭を軽く撫でた。俺は眠るわけにはいかない。次の駅でセンスパを起こし、家へ連れて帰らなければならないから。それは、俺にかせられた使命。そしてその使命は、できれば永遠に続いて欲しい使命だ。



              (27話から32話まで掲載)