その後、軽食店で昼食を取った俺とセンスパは途中で別れた。
 俺は午後からの、あいつとの約束のために駅へと向かう。時間が押している。俺は足を速めることにする。
 時間に2分遅れで到着すると、駅前の待ち合わせスポットである銅像の前に、あいつはいた。あいつは、約束には5分遅れが標準だったため、俺は少し驚く。
 が、その驚きと疑問はすぐに解消された。
 そこにいた、あいつ以外の人物全員に、俺は見覚えがあった。
 あいつの横にいるのがあの娘。そして、少し離れた場所に立っているのが、あの人だ。
 中学時代のメンバーが揃うのはかなり久しぶりのことだった。恐らくあいつは、あの娘と一緒にここまで来たのだろう。しっかり者のあの娘なら、時間の10分前にあいつを引っ張ってくるのは必然的なことだ。
「よう」
とあいつは片手をあげた。俺も全員に向けて挨拶を返す。
「久しぶりに揃ったなぁ。うーん、あと一人でパーフェクトだったんだけど、しかたないな、こればかりは」
 あと一人、というのは現在日本国内にいない彼女のことだろう。
「じゃあ、適当にブラブラしようぜ、久しぶりに会おうと思ってお前らを呼んだわけだからな」
 あいつは俺とあの人の方を見ながらそう言った。
 だが、そんなはずはない、と俺は思う。あいつは目的もなく人を集めるような奴でないことは、俺がよく分かっている。
 だが、その時は深い散策はやめることにする。素直にあいつに従って、駅前を歩く。
 あいつとはよくメールを交換したり、休日に会ったりしていたが、あの娘と会うのは大分久しぶりだった。積もる話、というほどでもないが、話したいことは少なからずあった。
「俺達の学校はもうすぐ文化祭なんだ」
とあいつが言った。
「うちの高校は9月に入ってすぐに文化祭があるんだけどね。うちのクラスはお好み焼き屋をやることになって今、休みなのに準備しているとこ」
とあの娘が補足を入れる。
「中学の文化祭は面白かったなぁ・・・・・。特に三年生の時が。覚えてるか?まぁ、忘れたとは言わせねぇが」
 このあいつの言葉で、あいつが俺達を集めた理由を大体察することができた。あいつは、文化祭の話題から本題へと話を広げるつもりだ、と俺は思う。昔からあいつがよく使う手法であった。
「文化祭で飛び入りライブしたりしてさぁ。あの時は、ハピマテ祭りも真っ最中だったもんな」
 誰とも目を合わせず、空中を見つめているあいつ。
「懐かしいわね。思えば私がここにいるみんなと仲良くなったのも、ハピマテのおかげだったもんなぁ・・・・・」
 確かにそうだ。ハピマテ祭りがなければ、あの娘は一人の学級委員として存在するクラスの一員でしかなかったわけである。こうして、街中をぶらつくこともなかっただろう。
「聞いた話だけど、またネギまのアニメが始まるらしいな。主題歌も11月に出るんだとか・・・・・」
 いかにも他人から聞いたような口振りだが、これを教えたのは俺である。それもあいつの計画のうちなのだろうから、俺はあえてその突っ込みを口外に出さないことにする。
「また、オリコン1位祭りしたいと思うか?」
 これが、あいつが用意した本題なのだと、俺はすぐに分かった。
「もちろん」
 すかさず俺はそう返事をする。あの娘も
「あの時は楽しかったからね」
と頷いて肯定。
 しかし、それまであまり口を開かなかったあの人は、首を縦に振らない。
「僕は、今度は盛り上がらないと思う。だから、僕は何もしない」
 前に聞いた通り、且つ予想通りの返事だった。
 あいつもあの人がその返事をすることを予想していたのだろう。と、いうか、その返事をする、ということが、俺達を集めた大きな原因なはずだ。
「そっか・・・・・」
 あいつはそう呟くと、立ち止まってあの人の方を見た。
「お前が、もうこんな遊びまっぴらごめんだ、っていうんなら俺は何も言わない。中学のころ言われたみたいに、物を買うことを強制するんじゃやってることはカツアゲと同じだからな」
 でもな、とあいつは続ける。
「盛り上がらないって理由だけで、何もやりたくないんなら、俺はお前を見損なったぞ」
 表情の変化は見せないが、あの人はあいつにそう言われたことに、僅かに動揺したように見えた。きっと、自分が祭りに参加しない、という事について、こんな事を言われるとは予測していなかったのだと思う。
「盛り上がらないんだったら盛り上げる。中学時代も、そうやってハピマテ買ってきたんじゃないのかよ?俺達、一緒に楽しんできただろ?」
 あいつの迫力のある言葉に、俺は何を言って良いのか分からずただ黙っていることしかできなかった。
 あの人が、センスパ祭りには参加しない、と言った時、俺はあの人に加わってほしいと思いつつも何もすることができずただ妥協していた。
 しかし、あいつは違ったのだ。あいつはあの人をまた仲間にしたかった。仲間になって欲しいと思っていた。中学のころの思い出を、もう一度再現したかったのだ。
 俺は、あの人にここまで言うことができなかった。
「――と、ここまでが俺の言い分だ。もう一度言うが、お前に無理にCDを買わせる気はさらさらない」
 あいつの話を黙って聞いていたあの人は、少し考えていた様子だったがあいつが話を切り上げたことを確認してから、口を開いた。
「君達は本当に面白い」
 あの人は口元だけをあげる独特の笑みを浮かべ、
「やっぱり県外の高校なんかに行かなくて良かったと思うよ。県外の高校に行っていたら、こんな言葉を聞いて急にわくわくすることなんてなかっただろうね」
と立ち止まりざまに言うと、最後にこう付け加えた。
「考えが変わった。僕も祭りに参加するよ。約束する」
 硬かった空気が、一気に緩んだような気がした。
 真面目くさった顔をしていたあいつはにやっと笑うと、
「それでこそお前だよな」
と言ってから、今度は声を出して笑った。
 俺もなんだかほっとして、自然と笑みをこぼしてしまった。あの娘も同じだった。
 このメンバーで笑い合うのは大分久しぶりのような気がする――
 またあいつに助けられてしまった。そう思いつつ、俺は心のつかえが取れた気持ちの良さに安堵を覚えた。



 夏休みも終わり、新しく学校生活がスタートした。
 休み中に行きたくもない学校に通い全く休んでいない夏休みだった。高校一年目にしては酷い仕打ちだったと思う。
 夏休み中に俺の元へとやってきたセンスパとの暮らしにも大分慣れてきた。あいつのおかげで、あの人も祭りに参加してくれることになり、俺の胸のつかえも取れ、気分は悪くない。
 休日。
「今日は休みで暇だから、出かけようか」
と俺はセンスパに提案した。
 センスパは服を一着しか持ってきていない。
 そのため、大切にとっておいたハピマテが着ていた服をおさがりとして着ていたのである。眼鏡を取ってコンタクトにすれば、センスパは何となくハピマテに似ているような気がしたし(違うといえば髪型と、目が多少つり目なところくらいだ)、ハピマテの面影を重ねることができたのだが、このままだとセンスパが可哀想だ。
 そういうわけで、俺はセンスパを街に誘って新しい洋服を買ってあげる計画を立てたのである。
 その内容を伝えると、センスパは
「はい。私は良いお店を知らないので案内してくださいね」
とすんなり承諾した。
 しかしそう言われても、女の子の着るような服が売っている店なんて知らないし、有名なデパートに二人で行くのは気が引ける。
 困った俺は、クラスメイトの女子の中で唯一、メールアドレスを知っている"女史"にメールをしてみることにした。
 "女史"と呼ばれているその女子生徒はそのニックネームのままの人格を持った人物である。
 クラス委員長をしており、一年生の中では唯一生徒会執行部に入っている(担当は書記だったと思う)。
 俺がメールアドレスを知っているのは、以前に業務連絡用として教えて貰っただけである。しかし、それなりに親しいことは親しい。
『ちょっとした事情で女の子が着るような服を買うことになったんだけど、穴場的な店知ってる?』
 俺がメールを送信する際、センスパが
「ガールフレンドですか?」
と冗談めかして言ってきたが、恥ずかしいのでスルー。センスパも、こういうジョークを言えるようになったのは嬉しい。
 返信はすぐに返ってきた。
『個人的には、駅前のNっていう店がオススメ。と、いうか、なんで私にきいたの?』
 向こうの家で、女史が自分の眼鏡の位置を人差し指で直している光景が目に浮かぶようだ。
『ありがとう。クラスメイトの中でアドレス知ってるのが、女史だけだったからさ』
 ところで、さっきからセンスパが横からメールを覗いてくるのは何故だろう。嫌らしいメールではないので嫌な気はしないが・・・・・
『そうなの。クラスの女子のアドレスくらい知らなきやダメじゃない』
 なんとも毒舌なメールが返ってきてしまった。俺は苦笑混じりに『今から行ってみるよ』と最後の返信をした。
「さて、行こうか」
「はい」
 俺とセンスパは、身支度をして『N』という店に出かけた。


 買い物も終わり近道のため、俺とセンスパは路地裏の道を歩いていた。
 女史の言う通りの良い感じの店だった。古風な感じであったが、品揃えは良かった、のだと思う。
「良い買い物ができたね」
「そうですね、ありがとうございます。あの、今度、お金は返しますから・・・・・」
 センスパはそう言うが、俺は適当に頷いた。少しくらい奢っても良いだろう。
 俺は大きな欠伸をする。休みの日なのに早起きしたせいだろうか・・・・・
 ――と、どん、という音がして、俺の肩が通行人にぶつかった。
 路地裏だったため、道幅が狭くぶつかってしまったようだ。向かってくる人に気付かなかった俺は、素直に謝ろうとする。
「すいませ――」
 しかし、俺は顔をあげて声が引っ込んだ。
 「おい、お前、何処に目つけたんだ?おい?」
 目の前にいたのは、絵に描いたような不良少年5人組だった。


 年齢は同じくらいだろうか。年齢は同じであるが、風格が明かに違う。
 これは困った状況だ。周りに人はおらず、助けを求められる状況でもない。
「あの、すみません、よそ見してました」
 とりあえず、俺は平謝りすることにする。それで通じる相手かどうか分からないが、下手に刃向かうのは隣で怯えながらも平静を保とうとしているセンスパにとっても不都合であることは間違いないからだ。
「俺達が謝って通じる相手に見えるのか?お前」
 一人が笑いながら言った。
「こういうときは金で解決するのが道理ってもんだ」
 他のメンバーも言った。
 これはまずいな・・・・・。こんな状況に陥ったことはないのでわからないが、学校なんかに報告でもしたらますます問題になるのだろう。
「あいにく財布持ってなくて・・・・・」
「嘘ついてんじゃねーよこの野郎」
 茶を濁す作戦も失敗してしまった。これは残す道は一つだけだろう。
「センスパ!逃げろ!」
 俺は叫ぶと、センスパの手を取って走り出した。
 最初は俺に引っ張られたセンスパも、自分から走り出す。
「あ、まて!」
 不意を付かれた不良もワンテンポ遅れて走り出す。相手の足は遅い。これならいける。
 しかし、道は非常に狭い裏路地だということを忘れていた。
 下に落ちているビール瓶なんかが俺とセンスパも足を阻む。それは奴らも同じのはずなのに、向こうは慣れた足取りだ。ここ一帯を縄張りにしているせいだろうか。
「あっ、ふぅっ」
というセンスパも喘ぎ声に興味を持っている場合ではない。早く人通りの多い場所に出る必要がある。
 しかし、
「逃げてんじゃねーよ、お前ら・・・・・」
 ついに、捕まってしまった。
 こっちは女の子連れのわけだし、少しハンディはあったのかもしれない。こうなったら覚悟を決めるしかない。背に腹は代えられない。それに、センスパに怪我をさせるわけにはいかない。
「わかったよ・・・・・」
 俺は渋々財布をとりだした。金でなんとかなるなら、それでいい。
「あ・・・・・」
とセンスパが声をあげる。だが、仕方がないだろう。
 俺が1000円札を5枚取り出して、差し出す。向こうの不良がそれを受け取る――
 しかし、不良はそれをすることができなかった。
 そうするよりも前に、不良の後ろで鈍い音がして、俺から日本銀行券を受け取ろうとしていたその手が揺らいだ。
 どさっ、という音とともに、不良の一人が倒れる。
 俺は、その向こうにいる人物を見て驚いた。
 そこに立っていた二人の男。
 中学校のころに犬猿の仲だった相手、『花鳥風月』に所属していた二人だった。
 『花鳥風月』は、中学校時代にオレンジレンジコピーバンドをしていた。アニソンのコピーバンドを作っていた俺達にとって、敵であるライバルだった。
 その五人のメンバーの中の二人が、ここにいる。――何故?
「久しぶりだな、お前。中学以来か。なんか俺らの学校の奴らがやらかしてるみたいだな・・・・・」
 一人が、俺の方を見てそう言った。
「なんだお前ら!」
と、俺達を追いかけていた不良が、花鳥風月の連中に殴りかかった。
 が、連中はそれを一蹴する。
「馬鹿、早く逃げろ」
 連中にそう言われ、俺は一瞬ためらったがここはこいつらに任せるべきだ、と声をあげた本能に身を任せ、俺は
「すまん!」
と言ってセンスパの手をつかむと、そのまま走り出した。


 家について、俺とセンスパは水を飲み一息ついた。
 さすがに危なかった。握りしめていた千円札が、あと一歩の状況であったことを象徴しているだろう。
「大丈夫?怪我しなかった?」
 俺はセンスパに尋ねる。
「大丈夫です、ありがとうございます」
とセンスパ。
 俺はひとまず花鳥風月の連中にメールを送ってみることにする。
『助かった。そっちは大丈夫だった?』
 向こうはまだ家についていない、もしくは、俺のせいで取り込み中かとも思ったが、思った以上に早く返信が返ってくる。
『ああ、大丈夫だ』
 その後もメールをして聞いた話によると、あの不良は花鳥風月の五人が進学した高校の中での問題児らしい。
『不良ぶってるだけで腕は立たないため、大したことない野郎だ』とのこと。それにしては、不良の風格があったと思うのだが・・・・・
『ところでお前らは大丈夫なのか?高校で問題になったりしない?』
と俺はメールを送る。俺のせいで奴らが停学処分などになってしまったら、いくらなんでも申し訳ない。
『なに、大丈夫だ大丈夫。俺の学校では日常茶飯事だから。俺らは傷一つ負ってないし、バレないバレない』
 その返事を見て安心した俺は、素直な言葉で感謝を綴ることにした。
『お前らがいなかったらヤバかった。ありがとう』
 少し照れくさい気もしたが、今の日本人に失われているのはこれだ、と自分自身で思う。
 今度は、返信が返ってくるのに少しの間が開いた。
『別に、通りかかっただけだし』
という書き出しのメール。それだけなら良いのだが、最後に余計なことを付けるのが今の日本人である。そういうところもまた、俺は嫌いではないが。
『それより、一緒にいた女の子誰だよ?彼女?高校生ではないよな』
 横から見ていたセンスパが、
「誤解されたくないので冗談でも肯定しないでくださいね」
と話しかけてくる。まぁ、言われなくても分かっていることだ。俺は
『彼女じゃないって、別に』
という内容で送信。
 今度は返信が返ってくるのが早い。そういう連中だ、花鳥風月っていうのは。
『そっか、なら話は早い。今度紹介してくれよ。彼女じゃないんだったらいいよな?』
 花鳥風月は、中学のころから校内きってのイケメン集団だった。その顔の良さは、先ほどセンスパがも身を以て体験したことだろう。
「こんなこと言ってるけど、どうする?」
と俺はセンスパに鎌を掛けてみることにする。
「私は人相手に恋心を抱くようなことはしませんので」
とあっさり拒否された。
「恋とかそういうんじゃなくてもさ、もっと軽い、ほら、さっき助けてくれた奴ら見て格好良いとかそういうこと思わなかった?」
「思いませんでした」
 今度はすっぱり、という言葉が適切だろうか。
 俺は、花鳥風月の連中に
『こっちで彼女が拒否した。残念でした』
とメールを送信。
 自分のノートパソコンのキーボードを叩き始めたセンスパの後ろ姿を、何となく眺めた。


 翌日。
 いつも通りにお世辞にも行きたいとは思わない学校へ向かって自転車をこぐのは俺である。入試を受ける前は、あれほどまでこの高校に通いたいと思っていたのに、まるで嘘のようだ。自分が勉強嫌いなのは小学生のころから自覚していたつもりなのだが・・・・・。
 今日は誰に会うこともなく校門前まで到着した。いつもはクラスメイトに会うのに、今日は珍しい。いつもより3分だけ遅く家を出たせいだろうか。
 そう思った矢先、校門の前、ちょうどいつも生徒会が挨拶運動を行っているあたりで、見覚えのある顔を見つけた。
 あの人だった。
 誰にも会わないなんておかしいと思ったんだ、今日だけ一年生は休みなのかとひやひやした、などと考えつつ、俺はあの人に「おはよう」と声を掛けようとした。
 が、その俺の動きが止まった。
 俺の自転車の後ろを、だらだらとペダルをこいでいた俺の1.5倍ほどの速度で自転車が追い越したかと思うと、その自転車はあの人の前で急停止した。
「ちょっとちょっと〜」
 その自転車の運転手は、あの人に手を振りながら話しかけた。
「ん、どうした?」
 あの人が返事をする。
 俺が驚いたのは、あの人と会話している人物が、女の子である、という点である。
 あの人が高校に入って女の子と自ら話をしているところは、あまり見たことがない。
 しかし今、あの人は校門前で見知らぬ女の子と会話をしている・・・・・ように見える。
「お弁当、忘れてたよ、もう〜」
 その女の子は言う。少なくとも俺の高校の生徒ではない。見た目、中学生くらいだろうか。
「ああ、うっかりしてた。ありがとう」
 あの人は、女の子から小さな包み(話の流れからして弁当だろう)を受け取り、そう言った。そんな事を言うあの人を、俺は初めて見た。
「じゃあ、私はガッコに行くね〜」
 そう言うと、女の子はその場を走り去った。あの人はその女の子が姿を消すのを見守り、そして何事もなかったかのように校門をくぐっていった。
 ――これは凄い光景を目撃したかもしれない。
 俺はそう思った。
 なんたって、あの人はイケメンのくせに「二次元にしか興味ない」と言って、現実の彼女を作ったことがなく、且つ興味もないのだ(そんなことを俺が言ったら負け惜しみだが、あの人が言うと何故だか迫力がある)。
 そんなあの人が学校の前で女の子と楽しげに会話を繰り広げていた。あれは、ただの関係ではない。どう考えても付き合っている男女の会話だった。
 しかしあの女の子、見た感じではあの人とまったく逆の性格だった。うーん、よくわからん。幼なじみキャラのようだったからな・・・・・
 俺は、思い切ってあの人に話しかけてみることにする。
「おはよう」
「ん、おはよう」
 あの人は、いたって普通の顔で挨拶を返してきた。
「今の女の子、誰?」
 あえて単刀直入に尋ねる。あの人に対しての質問に、修飾は不要だ。
「ああ、見ていたんだ・・・・・」
 あの人はそうだけ言って、黙り込んでしまった。これは怪しい。茶を濁すような雰囲気が、ますます怪しい。
 これは確定かな、と俺は思い、心の中でにんまりとほくそ笑む。あの人の秘密を握った、と一人で勝手に喜んでいた。


 そのまま、あの人とは何事もなく家に帰宅する。
「ただいま・・・・・」
「お帰りなさい」
 玄関でセンスパが出迎えてくれる。いつも通りのやりとりを済ませる。
「明日、出かけるので付き合ってください」
 俺が部屋に入ってベッドに横になると、センスパがそう言った。
「何処に?」
と俺は訊く。
「欲しいPCパーツがあるんです。クレジットカードを使える穴場のお店をネットで見つけたので」
 たしかセンスパは、お金を持っていない、と言っていた。
「クレカは持ってるんだ」
という俺の質問に対し、
「現金の持ち出しはできませんが、クレカは持ち出せるんです」
とセンスパは説明した。
 特に断る都合もなかったので、俺はOKの返事を出し、明日の放課後に校門前で待ち合わせをする約束をした。センスパと二人で出かけられることが、素直に嬉しかった。


 翌日の放課後。
 授業での抜き打ち小テストでうっかり赤点を取ってしまったため、その教師に居残りをさせられていた俺は、急いで校舎を出た。
 昨日、センスパと出かける約束をし、放課後に校門で待ち合わせをしたのだ。
 センスパと話をしていた時間より、30分も遅くなってしまった。単なるイメージだが、センスパは約束時間の5分前には校門前に到着しているような気がする。
 校庭を横切って駐輪所に行き、自転車を取って校門へと向かうと案の定、そこには一人でぽつんと立っている一人の女の子、センスパがいた。
「ごめんごめん、補修で残されちゃって・・・・・」
 俺が言うと、センスパは気を悪くした様子もなければ、にこにこ笑っているわけでもない、いつも通りの無表情な姿で
「いえ、気にしないでください」
と言った。
「何処にあるの?その店は」
「駅前なんですけど・・・・・、この前、服を買って貰った店の近くでした」
 そのセンスパの言葉を聞いて、俺は止めていた自転車を発進させようとする。
「乗る?」
 俺は自転車の後ろを指さして、センスパに声を掛ける。
「でも、二人乗りは・・・・・」
「いいんだよ、別に」
 俺がそう言うと、センスパはすんなり荷台に乗った。
「よーし・・・・・」
 俺はペダルをこぐ。
 二人分の体重がかかっているため、多少、ペダルが重いが気になるほどではない。それに、駅の方向へは坂道で加速することができるために、ペダルをこぐ必要もそれほどない。
 肩に乗っているセンスパの手の重みが、何とも言えず良い雰囲気を出しているような気がして、何となく気分がハイになってきた――


「――良い買い物ができました」
 紙袋を抱えているセンスパが言う。
「袋、持つよ」
 俺は言って、袋を受け取った。
「沢山買ったなぁ、それにしても」
 俺が持っても抱えなければならないほどの大きさをしている紙袋。並んでいるPCパーツを見ている時のセンスパの目は、今まで見た中で一番くらいの輝きをしていた。
「早く家に帰ってスペックを確かめたいです。帰りましょう」
「うん、そうだね」
 センスパの足取りも、少しだけ早い。無表情に見えるその顔も、浮かれているのであろう、少しだけ頬が紅潮している。
 そういえば、この場所はこの前、不良に絡まれた場所だったな――
 唐突に思い、少しぞっとする。花鳥風月の連中が助けてくれなければ、今頃怪我をしていたかもしれないし、財布は空っぽだったかもしれない。おそらく、そうだろう。
 その時だった。
 俺は後ろから引っ張られる強烈な力に立ち止まった。
 急いで振り返ると、そこには、そう、先日の不良集団がいた。
「お前ら・・・・・」
 腹のそこから、やっとでたような声を自分で出してしまう。
「よう、奇遇だな」
 不良の一人が言った。
「お前らには、借りがあったよなぁ・・・・・」
 俺は走り去ろうとするが、服をつかまれている上、手には大きな紙袋。これでは身動きがとれない。
 ――と、俺の腕が他の誰かに引っ張られた。
「こっちです!早く!」
 センスパだった。
 センスパは、俺の腕をつかむと、不良達をふりほどいて走り出した。この前とはまったく逆の状況だ。もっとも、不良が追いかけてくるのは変わらないが。
 どうせなら手を握ってほしいな、などと悠長なことを考えて走っているうちに、センスパは
「ここに隠れましょう」
と言って、角をまがってすぐにある物置を指さした。扉は開いている。
 誰の所有物なのかわからないが、そんなことを言っていられる場合ではない。俺とセンスパは、そこに隠れるとすぐに扉を閉めた。
 足音が聞こえる。
 多分、不良のものだろう。俺達は息を潜める。
 周りはまっ暗だ。センスパの姿さえも、見えない。
 だんだん目が慣れてきた、ような気がする。
 おかしい、頭がくらくらする。
 うっすら見えてきたセンスパの怯えた表情。
 それが、歪む。
 回る。
 周りが、回る。
 俺の頭の中が、回る。
 頭の中の意識が回って、そして、途切れた。


                  (8話から13話まで掲載)