「さて、今日はいよいよ文化祭だ。クラスの出し物も去ることながら、今日はバンドがある。お前ら、やるぞ」
あいつの一言に、黙ったまま頷く俺達。
今日は文化祭。バンド発表会が行われる日だ。
練習はした。完璧だ。失敗することはない、と思う。
「じゃあ、バンドは4時から。集まるのは3時45分に体育館裏な」
まわりに聞こえないように小声で話す。
「それじゃ、解散」
その言葉で俺達はそれぞれのクラスに戻った。


「やっぱり姫様はお美しい」
「姫様は誰と結婚するのだろう」
「それにふさわしい人が現れるだろう」
「そうだそうだ」
B組の劇で、俺の出演はアリの役。正直、どうでもいい役所だ。
その場面が終わり、舞台裏(といっても教室の影だが)に隠れると、俺はすぐにBGMを変える。
俺の一番の仕事は裏方の仕事だ。PCを使って、BGMを流し、途中でノイズを入れたり、台詞にエコーをかけたりする。
この劇の一番の見せ場は王子役のあいつと、姫役のあの娘がキスをするところだ。
と、いってももちろん実際にするわけではない。角度と照明でそのように見せるだけだ。
そんな作業をしているうちに場面はクライマックス。その『見せ場』のシーンがあった。
「姫、僕は姫のことが・・・・・」
「お、王子・・・・・」
あいつもあの娘も芸が上手い。俺はどうもこういうのは駄目だ。
そして、キス――
「おぉ・・・・」
という歓声から客席から漏れる。
そして、俺はいそいで幕代わりのカーテンをしめる。
客席から拍手が巻き起こる。
――やっと出番は終わったな・・・・・
そう思い、ほっとした俺だった。


「じゃあ、アレまで文化祭廻るか」
出番が終わった俺、あいつ、あの娘は何故だか知らないが一緒に文化祭を廻ることになった。
あいつとあの娘は付き合っているから、一緒に廻れば良いのに、と言ったら
「二人でいるところ見られたら不自然だろ」
と言われ、俺もその中に加わったのだ。
「じゃ、まず隣のクラスの喫茶店にいくか」
そう言って、C組、彼女とあの人のクラスに行くことにした。
あの人が言っていた「ヤバイ方向に進んでる」という言葉が気になったからだ。
ガラッ
ドアを開けて真っ先に目に入ってきた光景に俺は言葉を失うことになる。
言葉を失ったのは、あいつとあの娘も一緒だろう。
「あ、えっと、いらっしゃいませ、ご主人様・・・・・」
「・・・・・え」
目の前にいたのは彼女。着ているのは、メイド服。
「って、あれ、あ、えっと・・・・・」
顔を赤らめる彼女。
――なるほど、ヤバイ方向っていうのはこういうことだったのか。
「そ、それではお席にご案内します」
そう言われ、俺達は空いている席に座らせられる。
「やぁ、よくきたね」
彼女がメニュー表を持ってこようとした時、あの人がメニュー表を持って現れた。
「はい、好きなの選んで。」
そう言われ、手渡された表を見て俺は
「じゃ、紅茶を」
と頼んでから、言った。
「どうなってんだよ、これ」
「これね。噂の『メイドカフェ』って奴さ。クラスの女子が客1組に1人つくようになってる。男子はレジ係とか料理係っていう裏方さ」
あの人がそう言い終わった後に彼女が俺が頼んだ紅茶とあいつとあの娘が頼んだコーヒーを持ってきた。
「ど、どうぞ。ご主人様・・・・・」
そう言って渡される。
「じゃあ、これってなんだよ。この『妹』『姉』『母親』『スペシャル』っていうのは」
メニュー表を指さして俺は言う。
「俗に言うオプションって奴さ。これをつけると女子生徒が好みの属性に変換してくれる。スペシャルっていうのは・・・・・おっと、これ以上は実際頼んでみてからじゃないと駄目だね」
あの人に笑顔でそう言われるが『スペシャル』の横に『\2,000』と書いてある。
「悪いけど、金がないんだ」
と丁重に断ってから、紅茶を口に運んだ。
それにしても、と俺は思った。
――今までこういうのにハマったことなかったけど、メイドっていうのもなかなか・・・・・
横目で顔を真っ赤にしている彼女を見ながら俺は思った。
その妄想中にあいつが言葉を挟んだ。
「じゃ、お前らアレ忘れんなよ」
『アレ』というのはバンドのことだろう。
あの人と彼女は頷く。
「でも、大丈夫なのかな、ホントに・・・・・」
彼女の言葉にあいつは
「生徒会長が大丈夫っていってんだから大丈夫だろ」
と軽く流す。
その様子を見ていたあの人は笑いながら言った。
「じゃ、そろそろ代金を払って貰おうか。メイドと話をするのはオプションに入るから200円増し。いくら君達でもサービスはしないよ」



――3時45分。
体育館裏に集まった俺達はこっそりと中へと入った。
全員衣装に着替えている。と、言っても制服なのだが。
「まってたよ。じゃあ鍵をしめるよ」
会長はそう言い、鍵をしめた。
「これでこのステージ上に入ってこれる人はいなくなった。どんな妨害も通用しないよ」
そう言って、ステージの方をちらりと見る。
「今は『花鳥風月』の連中が演奏中。」
そう言ってから会長はしかめっ面をした。
「彼らの演奏が終わったら君たちの番だから。生徒会役員が楽器のセッティングとかはしてくれるはずだから。はい、マイク」
そう言ってマイクを手渡される。
「ありがとう」
そう言ってマイクを受け取る手はすでに震えていた。
緊張する。本当に成功するのか。妨害は本当にないのだろうか。
後ろの方では彼女とあの娘がうち合わせをしていた。
「いい?覚えてるよね?」
「う、うん、でも――」
「でももなにもないの。ここまで来たんだから」
「わかった。うん――」
二人が何をするつもりなのかはわからなかった。
が、とにかく期待していいらしい。
こんなところで“期待”なんて言うと変態に見えてしまうかもしれないが――
「最初はLove&Dreamからだ。分かってるな?」
「分かってるって」
あいつも落ち着かない様子でいる。
ただ一人冷静なのはあの人だけだ。
「そろそろ終わるみたいだ」
会長がそう言ったと同時に『花鳥風月』の奴らが
「ありがとうございました!」
と観客に言って反対側のステージ裏に隠れた。
生徒会役員は急いで楽器のセッティングを始める。
その間に司会の役員が言う。
「続いてはお待ちかね。スペシャルゲストの登場です。ゲストの正体は先生方でさえ知りません。しかし、みなさんの期待に応えられることはたしかです!」
楽器のセッティングが終わったのを見計らうと司会の役員は
「それでは、どうぞ!」
というと舞台裏にひっこんだ。
それと同時にあいつを先頭にして俺達は飛びだした。
「どうもー!『MATERIALS』でーす!!」


俺達が登場すると、客席からは
「おぉ〜」
というどよめき。
俺達が出場禁止になったのに登場したことに対する驚きの表情。
数人のクラスメイトからの
「待ってたぞー!」
という歓声。
そして、誰よりも驚いている職員の顔が俺の目と耳に飛び込んできた。
「合唱祭で1位を取らせていただいた『MATERIALS』。生徒会の協力で文化祭でもう一度演奏させていただけることになりました!」
拍手が巻き起こる。
観客席では、生徒会役員の人達があの娘が作ったパンフレットを配っていた。
表紙はネギまキャラの二次元創作。
中身は俺が書いたハピマテの説明や宣伝、曲順番などが書かれている。
「それでは早速行きましょう。『いつだってLove&Dream』!」
前奏が始まり、客席からは手拍子が少しずつ起き始める。
そして、あの娘から歌い始める。
「青空の中へ 飛びだしてゆく 悩んでいる暇なんてないよ――」
曲自体しらない人の方が観客には多いだろうが、手拍子や歓声はプロのライブに負けていない。


1曲目が終わり、客席が静かになる。
職員達はステージの上にあがろうと横のドアから入ろうとするが、鍵がかかっているため入ることができないようだ。
あいつがマイクを持ち
「続いて夏休みにぴったりの曲です。『ときめきココナッツ』!」
と言う。
と同時にあの娘と彼女が制服のスカートのボタンに手をかけるのが目に入った。
――え?
俺がそう思ったときにはすでにあの娘はボタンをすべて外していた。
そして、スカートをはらっと脱ぎ去った――


「ちょ・・・・・」
俺は声を出してから我が目を見張った。
スカートの中からまたスカート。
一瞬、期待して妄想してしまった自分が情けなくなってくる。
流石にそれはないか・・・・・
そう思うと、恥ずかしい。顔が赤くなっていくのが分かる。
――でも、中身がまだあってよかったか・・・・・
そう思ったのもつかの間だった。
隣でマイクを握っているあの娘のことをよく見る。
・・・・・短い。
制服のスカートより極端に短い。
気を抜くと中が見えてしまうのではないだろうか。
と、いうか今俺達がいるのは観客がいる客席より一段高い場所だ。
下から見たら――
いや、でも流石に対策はしているのか――
そこで俺は周りに見えないように頭を軽く振った。
こんな状況なのにこんなことを考えるなんて申し訳ない。
それが、男の宿命というものなのかもしれないが。
あいつもしばらくポカーンとしていたが、ハッと気づくと、リズムを刻み前奏に入った――


夏らしいハイテンションな曲が終わると、いきなり照明が切り替わる。
『Maze of the dark』はネギソンでは珍しいヘビメタである。
照明が一気に落とされ、あいつ、彼女、あの人の演奏も一気にキーが落ちる。
が、この曲のポイントはその伴奏と歌声のギャップだ。
それを出すのに大分苦労した。
女子なのでそういう声が出しやすいあの娘はいいが、俺はいくら頑張っても声を高く出すことはできない。
なので、歌い方でそれをカバーしなければいけなかった。
「孤独の月が闇を刺す――」


――職員もただ黙っているだけではなかった。
この演奏をはやく終わらせなくてはならない。
だが、ステージ上に繋がっているドアには全て鍵がかかっている。
正面から突っ込むことも考えたが観客が邪魔をして前に進むことさえもできない。
「く、くそ!」
マイクを探してアナウンスも考えたが、何処にもマイクが見つからない。
――生徒会の連中が隠したのか
そう判断した職員一同。
完全に生徒にしてやられた。
それがただ悔しかった。教師という立場のプライドが許せなかった。
そして、
思いついた。
――そうだ
あることを思いついた3学年主任は職員室に走って戻った。


――ステージ上にいる俺は学年主任が体育館から外に出ていくのに気がついた。
なにをやろうとしているのだろう?
体育館の外からステージにあがるための通路も、ドアに鍵を掛けた。
そんなことは把握済みのはずだ。
なにか、生徒会の策略に穴があったのか・・・・・?


――職員室から戻ってきた3学年主任。
その手には一つのマイクが握られていた――


――え?
「な、なんだあのマイクは!!」
ステージ横の放送室にいた生徒会長は副会長に尋ねた。
「わ、わかりません。学校中のマイクはここに保管してあるはずです」
そういう副会長も少し焦った様子だ。
そして、会長は何かに気がついた様子だった。
「そうか、あれだ――」


――え?
ステージで歌っている俺は戻ってきた学年主任が手に握っていたものをみて驚いた。なんで、会長が全部集めて隠してるはずじゃ――


――私達の勝ちのようだな。生徒会、そして『MATERIALS』。
MATERIALSの部分を「オタク集団」と脳内変換する。そう思うと笑いがこみ上げてくる。
「これで、お前達の出番は終わりだ。騒ぎを起こされる前にな」
そうつぶやき、マイクの電源を入れる。
そして、言った。
「その演奏、そこまで」


「そうか、あのマイクだ――」
放送室にいる会長がつぶやいた。自分の計画にミスがあった。
「し、しかし学校中のマイクなどの放送器具はここにあつめてあるはずです」
副会長も慌てた様子。
「いや、違う。あれは、職員室に一本だけあったマイクだ――」
「・・・・・え?」
会長はツメを噛みながら続ける。
「職員室にもマイクがあった。流石に生徒会の力といえども職員室にあるものを盗ってくることはできなかった。あの3学年主任はそのマイクを持ってきたんだ――」
会長の心境は最悪だった。
『MATERIALS』に最高の舞台を、と用意したのに。
絶対に大丈夫とまで言ったのに。ここで、全てがパーになってしまうのか。
「く、くそ・・・・・」


会長の気持ちとは裏腹にマイクを握った学年主任は、マイクに向かって言った。
「その演奏、そこまで」
――あれ?
学年主任の声は響かない。
きこえるのはさっきから聞こえている演奏と、観客の歓声だけ。
「お、おかしいな、アー、アー」
マイクを叩いたりして、確かめてみるが声が響かない。
「どうしたんだ?」
そう言って、マイクをよくみて、学年主任は言葉を失った。
――電池が抜けてる
そんなはずはない。
昨日、このマイクを使ったがその時はちゃんと電池が入っていたはずだ。
と、なると誰か生徒が抜いたのか。
否、そんなはずはない。職員室に生徒が忍び込んで、こんなことをするなんて不可能だ。
と、いうことはこれをやったのは職員の中の誰か――


――放送室では会長が驚いて言った。
「な、なんだ?故障か?」
「いえ、そんなはずはありません。昨日、職員室で先生があのマイクを使っているのを見ましたから」
副会長が答える。
「電池が、ないようだな。誰が抜いたんだ?こんなタイミングで・・・・・」
そこまで言って、気づいた。
他の先生は大慌てで演奏ストップの手段を考えて走り回っているのに、一人だけのんびりとしている先生がいた。
過去に何度も『MATERIALS』を助けてくれた国語の先生だった。
国語の先生は会長の方を見ると、少しだけ笑った。
そして、親指を突き立て、生徒会と『MATERIALS』を激励した。


――ステージ上で歌っていた俺は、学年主任の行動に不安を抱いていたが、それが失敗したのを見て、ほっとしていた。
あとは、自分達の歌に専念できそうだ。
と、思っているうちに三曲目が終わり、四曲目の『おしえてほしいぞぉ、師匠』に入る。
これが本命。俺達の見せ場だ。台詞をどのように歌うかが、ポイントになる。
あいつの曲紹介も終わり、前奏が始まる。それと共に手拍子も起こる。
そして、歌い始める。呼吸を合わせて――


曲が間奏に入った時、あの娘が動いた。
練習をする時、たしか
「間奏はオリジナルより長めにして。やりたいことがあるから」
と言っていたような気がする。
その間奏の間に、なにをやる気なのか。
あの娘は彼女の方にいく。それと見計らったかのように、彼女がキーボードを弾くのをやめる。
その間はあの人がアドリブで間奏のメロディーを奏でる。そういう点は流石だ。
そして、マイクを彼女に差し出すあの娘。
これから起きることを察知して、真っ赤になる彼女。
そして、彼女はマイクに向かってポーズを取ると、恥ずかしさで声をふるわせて言った。
「わ、私達の演奏、ちゃんと聴いてね・・・・・、お、おに、おにいちゃん・・・・・」
そう言い終わると観客の反応もまたずにあの娘がマイクを取り返して、人差し指をくわえるような仕草をして上目遣いをしながら言った。
「ちゃんと聴いてくれないと、怒っちゃうからね、わかった?お兄ちゃん」
そう言い終わった後、やっと状況が飲み込めた観客はそれぞれ違った行動をとる。
顔を赤らめるもの。呆れた表情をしながらもニヤつくもの。開いた口が閉じずに隣にいた恋人に注意されるもの。
正直、今のは鼻血物だった。何処で覚えたんだろう・・・・・?
そんなことを考えてぽーっとしていると間奏が終わってしまいそうになったことに気がつき、なんとか気を取り直すと俺は歌うのを続ける。
あの娘も流石に恥ずかしいという気持ちはあっただろうが、それを表情に出さずに演技をするのは凄い。そう思った。


――そうしているうちに最後の曲に入る。
最後はもちろん・・・・・
「それでは、最後の曲となってしまいました。僕達『MATERIALS』最高の演奏をお聴きください。『ハッピー☆マテリアル』!!」



――終わった。
全て、終わった。
演奏が終わり、マイクをおろす。
あいつが
「ありがとうございました!」
と言う。
とたんに、割れんばかりの拍手が会場から巻き起こった。
幕が下がり始める。
とたんに、何かがたくさん、こっちの方に飛んできた。
沢山のお捻りが入ってくる。中にはお札のようなものも見えた。
それと同時に生徒会役員が楽器を片付ける。
そして、完全に幕がさがると、司会の人が出てきたようだった。
「みなさん、いかがだったでしょうか――」
司会が話している横で、他の役員がお捻りの回収作業。
そんなことをしている裏で、俺達と会長は話しをしていた。
「お疲れさま」
そう言われ、俺達は微笑んだ。
やりきった。悔いなどない。
「君たちは流石だった。うん。凄くよくやったと思う。お捻りも期待できそうだ」
そういう会長の目がふっと彼女の足下に移った。
「えーっと・・・・・」
会長は言葉を出せずに顔を少し赤らめる。
その様子を見て、彼女はハッとして、
「あ、え、えと・・・・・」
と顔を真っ赤にした。
すっと副会長が、あの娘と彼女のスカートを持ってくる。
二人はすぐにそれを受け取り、着替え始める。
なにしろ、そこら辺の女子高生も履かないくらい短いスカートを履いていたのだ。このままでは流石にまずいだろう。
俺達男子軍は、その様子を見ないようにしながら、放送室の中に隠れた。
彼女とあの娘はすぐに帰ってきた。
そして、お捻りを拾った役員、そして会場から外に出る客を見送っていた役員も戻ってくる。
「お捻りかなり入ったぞ」
「帰っていく客が金を手渡してくれたりもした。流石だなぁ」
そう言って、手にもった金を床に広げる。
「・・・・・ざっと1万円はありそうだな。もちろん、全額君たち『MATERIALS』のものだよ。お捻りは君たちに向けて飛んできたものだし」
そう言われ、会長から金が入った袋を受け取るあいつ。
「・・・・・それじゃあ、ちょっと行こうか」
あの人が突然言った。
「え?行くって何処に?」
そういうあいつを無視
して、あの人は立ち上がる。つられて俺達も立ち上がった。
そして、生徒会長も立ち上がる。
あの人は、ドアの鍵を外し、会場の中に出ると、きょろきょろと辺りを見回して、ある人物の方へ向かっていった。
国語の先生だった。
何か書類に書き込んでいる先生に、あの人は何の前ぶりもなく
「さっきは、ありがとうございました」
と言った。
先生は顔をあげ、
「なんのことかな?」
と言う。
「1つ目は、僕達の計画を見逃してくれたことです。生徒会中心となって、僕達が禁止されているにも関わらず演奏をしようとしていたことを、知っていましたよね?」
「・・・・・さぁね」
「そしてもう一つ」
先生の返事を聞かないように、あの人が続ける。
「職員室にあったマイクの電池を抜いて置いてくれましたね?職員室にあるものをいじれるのは職員だけです」
「・・・・・記憶にないなぁ」
あくまでしらばっくれる先生。
そして、こう続けた。
「でも、僕が知らない内に僕の体が動いて、マイクの中から電池を外したりしたかもしれないね」
そして、笑う。
あの人も、つられて笑う。しかし、その目は全く笑っていない。
「何はともあれ、本当にありがとうございました」
頭を下げるあの人。俺達も頭を下げる。
「いやいや、僕はなにもしてないよ。なにも。」
そう言って、先生は体育館から出ていった。
俺はあの人に「何故そんなことが分かったか」と訊こうとしたがやめた。
何も、そんなことをする必要はないだろう。
バンドが終わった今は、もうすぐそこに迫った『ハッピー☆マテリアル』の発売のことを考えるようにしよう、そう思った。




――今日は、8月3日。
そう、ハッピー☆マテリアル最終版の発売日。
学校での授業は全てが頭に入ってこなかった。
ポケットに手を突っ込み、その中に入っているハピマテの購入代を握りしめる。
キーンコーンカーンコーン・・・・・
チャイムが鳴り、今日最後の授業が終わった。
授業が終わったのを見計らって俺はすぐに立ち上がり、カバンを持って教室を出る。
「おい、まてよ」
あいつや他の友達も走ってついてきた。
「じゃ、そのままCDショップいくぞ」
「OK」
そのまま、走って学校を出た俺達はすぐ近くにあるCDショップへと向かった。


「・・・・・大分買ったな。どのくらいになった?」
「ひぃふぅみぃ・・・・・45枚。」
「もうひと頑張りするか」
財布の中身を確認しながら俺がそう言う。
「よし」
そう言ってあいつも言う。他の友達もにやりと笑う。
俺達はバンドで稼いだ金もあった。
もちろん、あの人やあの娘、彼女にもハピマテ代として使用することに賛同を得ている。
次の店に行くと、既にあの人がハピマテを買い占めた後だった。
「しょうがねぇな、流石にこれだけ買えば売り切れるか・・・・・」
そう言って、店を出ようとすると、誰かにぶつかった。
「・・・・・なんだお前ら」
ぶつかった相手は、『花鳥風月』の連中だった。
その手には、大きな紙袋が握られている。
「なんだっつーことはねーだろ、人にぶつかっておいて」
その紙袋の中をのぞきこんだ俺は驚いた。
「お、おまえらなんで・・・・・」
「なんでってことはねーだろ」
その紙袋には、いっぱいのハピマテが入っていた。
――なんで?
俺は少し考えて気がついた。
――もしかして、あれ・・・・・?
「ったく、最初に言い出したのはお前らだろうが」
『花鳥風月』のうちの一人が口を開いた。
「・・・・・合唱祭のとき、俺達がお前らに・・・・・負けたら一人10枚ずつ買うって言っただろう」
「・・・・・あれ、覚えてたんか・・・・・」
あいつの驚いたような一言に、『花鳥風月』の連中はフンと鼻を鳴らしていった。
「一度した賭けを破るほど俺らも男を捨ててない」
「・・・・・」
そんな奴らの言葉をきいて、あいつは複雑な顔をした。
俺もきっと、同じような表情をしていただろう。
しかし、俺とあいつは顔を見合わせ、息を合わせると、奴らに言った。
「グッジョブ」


「ただいま・・・・」
結局俺自身25枚、一緒にいた友達の分も合わせると60枚ほど買って帰ってきた俺。
「おかえりー!」
そう言って出迎えてくれたハピマテ
「どのくらい買った?」
「このくらい」
そう言って紙袋を見せるとハピマテの笑顔はますます良い笑顔になる。
「もっと買う予定だけど、今日のところはこれだけ」
「もっと買ってくれるの?」
ハピマテは驚いてから、
「ありがとー!」
と抱きついてきた。
「お、おい、やめろよ・・・・・」
そう言ってハピマテを引き離す。
気がつくと、顔が真っ赤になっていた。
心臓の鼓動もはやくなっている。
「なに顔赤くしちゃってんの?」
笑ってそう言われ、俺の顔はますます赤くなった。
「じゃ、ご飯たべよー!」
そう言って、キッチンに向かうハピマテ
俺もその後に続いた。
――何故さっきあそこまで緊張してしまったんだろう。
そう思いつつも、俺はハピマテに続いた。


「え?な、なんだって?」
俺はハピマテの言った事に驚いた。
「だーかーらー」
ハピマテは俺の方をみて、さっき言った事と同じことを話し始めた。
「今日あなたの学校に行ってみたいの。ね、いいでしょ?」
「駄目」
俺は間髪入れずに答えた。
「えー、なんでー・・・・・?」
うる目でハピマテが見つめるが、駄目なものは駄目だ。
「だいたいどうやって学校に入るつもりだよ?」
「こっそり入ればバレないよ」
俺は呆れた顔をして、ハピマテの方を見た。
そして、少し考えてから言った。
「・・・・・じゃあ、今日の帰りにCDショップに行くからその時についてくるってのは?」
ハピマテも考えてから答える。
「んー、それでもいいかな」
「じゃあ、それで決まり。時間は――」
俺はそう言いながら、思った。
――何故突然そんなことを言い始めたのだろう?
今までは自分からそんな無茶なことを言い出すなんてそれほどなかったはずだ。
ただ単に興味が出た、ということでは済まされないだろう。
「じゃあ、その時間に学校の門のところね?わかった」
ハピマテにそう言われ、俺は考えるのをやめた。
――別に、そんなことどうでもいいか
「OK、じゃあ俺は学校に行ってくる」
「いってらっしゃーい!」
そう言われ、俺は家を出た。


「――と、いうわけなんだけど」
俺はあいつにハピマテが来るということを伝えた。
もちろん、正体は『従妹』ということにしている。
あいつとハピマテは前、不慮の事故ではあったが、会ったことがあるので説明するのは簡単だった。
「OK。分かった」
あいつにそう言われ、俺は一安心する。
「・・・・・まさか、従妹とか言っておきながら恋人じゃねーだろうな」
にやにやしながら訊くあいつに俺は
「違うって」
と返し、席に戻った。


授業が終わり、学校を出た俺はまっすぐハピマテとの待ち合わせ場所に向かった。
時間は少し過ぎてしまっている。
「あー、こっちこっちー」
ハピマテに呼ばれ、俺はそっちに駆け寄った。
「ごめん、遅れた」
「いいよー、別に」
「じゃ、行くか」
俺はあいつ達が待っている所にハピマテを連れて行った。
「えーっと、初めまして――じゃないかな」
ハピマテはにこにこしながら挨拶をする。
「それじゃ、行くか」
そう言って、あいつ達と昨日行ったCDショップに向かった。


昨日はCDが売り切れ状態だったものの、在庫を出してきたのか今日はちゃんと棚にハピマテが揃っていた。
一枚ずつ買わなければカウントされないため、時間をあけながら買う。
今回は今までの735円より高い1050円になっているが、昨日聴いたところによると、その出来はかなりのものだった。
他の友達も同じ意見で、今度こそ1位に、とみんな意気込んでいる様子だった。
先月まではクラスの男子だけの協力で、女子は白い目で見ていたが、あの娘の宣伝や、クラスの男子がカノ女に頼んだりしたこともあってか、今月分は女子も数人買ってくれたようだ。
俺は何も言うことができなかったが、宣伝してくれた奴らや買ってくれた奴らに感謝していた。
昼の放送でもハピマテが流れる回数が多くなり、さっそく今日は最終版のハピマテが流れた。
思えば、俺がハピマテと出会えたのは昼の放送のおかげだった。
その点、この『昼の放送』という制度、そしてそれに面白半分でリクエストしたあいつには感謝しなければ、と思う。
それがあったおかげで、今こんなに楽しいことをやることができたのだから――



       (第八十四話から第九十話まで掲載)