翌日、俺は一日だけの病院泊まりを終え、家に帰宅した。
母親は「ハピマテが家にいるから大丈夫」という理由で仕事にでかけてしまった。
ベッドで寝転がる俺。熱はまだ38度をオーバーしている。
「暇だ・・・・・」
俺はそうつぶやくと、本棚から本を取りだし読もうとする。
が、活字を読むと目がくらむ。
俺は数分間本を眺めていたが、すぐに本棚に戻し、またため息をついた。
ガチャ
部屋にだれかが入ってきた。
ハピマテだ。
「具合どう?」
「悪い」
一言だけで返事を済ませると、俺は寝返りをうちハピマテの方に背中をむけた。
ハピマテに風邪をうつしたくない。本当の本音だった。
ハピマテもそれを悟ったらしく、何も言わずに俺の本棚から本をとりだし、読み出した。


――ぼーっとしているうちに時間はどんどん過ぎていった。
「あれ、もう3時か・・・・・」
俺がつぶやくとハピマテも本から顔を上げ、時計を見る。
「あ、ホントだ。ごめんね、全然気がつかなくて。食欲は?」
「まぁまぁ」
俺はまた一言で返事を返す。
「じゃあ、おかゆでもつくってあげるね」
そう言うと、ハピマテは本を机の上におき、一階に降りていった。
ハピマテっておかゆなんか作れるのか・・・・・・」
そうつぶやくと俺はまた目を閉じた。


数分後。
「できたよー」
という声で目をあけると、ハピマテが部屋に入ってきた。
手にはおかゆが乗っているおぼん。
「へぇ、結構上手にできてるじゃないか。意外だなぁ・・・・・」
俺がそう言うとハピマテはちょっと怒ったような顔をして
「私だって女の子なんだからおかゆくらい作れないと。はい」
スプーンを渡され、俺はそれを受け取り口に運ぶ。
が、どうも頭がぼやけて、落としてしまった。みごとに熱いスプーンが腕に落下。
「熱っ!」
俺が言うとハピマテは笑って
「もう、駄目だなぁ」
と言い、スプーンの上にまたおかゆを乗せ、ふーふーと自分の息でさますと
「あーん」
と言って俺に差し出す。
「そ、そんないいよ、別に・・・・・」
俺は少し恥ずかしがるがハピマテの顔をみて、一瞬考え、素直に口を開けた。
そんなことをしている時、ピンポーンとインターホンが鳴る。
俺はふらつきながらも一階に降り、
「はい」
と出ると、電話から意外な声が聞こえてきた。
「あ、あの、私ですけど――」
その声は紛れもなく彼女のものだった。
「え、あ、あれ?どうしたの?学校は?」
俺はあわてて訊いた。どうせ新聞の集金あたりだろう、と思っていたからだ。
「今日は学校早く終わったからお見舞いにきてみたんだけど、あがってもいい――?」
そうきかれ、俺の頭の中で一瞬にして思考が巡る。
そして、思い出した。
――そうだ、ハピマテがいる・・・・・
俺は
「え、あ、あの、部屋汚れてるけど」
と言うが
「風邪ひいてるんだからしょうがないよ。迷惑ならいいんだけど――」
と言われ、少し考えて受話器を持ちながら一緒に一階に降りてきたハピマテに殴り書きをしたメモを見せた。


すぐどっかにかくれて 俺の部屋のクローゼットの中あたりに入ってて


メモを見たハピマテは状況を把握したらしく黙って頷くと急いで二階にあがっていった。
それを確認し、俺は彼女に
「うん、入っていいよ。今、鍵あけるから」
と言う。
「ご、ごめんね突然――」
彼女はそう言った。
俺はふらつく足で玄関に走り、鍵をあけた。


「おじゃまします――」
そう言って入ってくる彼女。
俺は
「どうぞー」
と出迎える。
そんな俺の顔を見て、彼女は
「やっぱりまだ顔赤いから熱あるみたいだね。な、なんかふらふらしてるけど大丈夫――?」
と心配そうに訊いてくれた。
俺は
「大丈夫だよ。じゃあ、俺の部屋にでも・・・・・」
そう言って2階の俺の部屋に案内する。
部屋に入ると、クローゼットの前の荷物がどかされていた。
――なるほど、ハピマテはこの中か・・・・・
俺はそう思い、その荷物をさりげなくもとにあった場所に戻すとベッドの上に腰掛けた。
横にはさめてなま暖かくなったおかゆが置いてある。
「あ、おかゆつくって食べてたんだ――」
「あ、うん。た、大した代物じゃないけど・・・・・」
ハピマテが聞いたら、怒る言葉だろう。あ、そうか。この会話、全部ハピマテに聞かれてるんだった。下手なこと言えないな。
などと考えていると彼女が
「病人なんだからちゃんと寝てないと」
と言うので、俺は素直にベッドに横になる。
俺が掛け布団をかけようとすると、彼女が布団をかけてくれる。
そして、ポンポンと手で軽く二回叩く。
「あ、ありがとう――」
「う、うん――」
なんだか、ドラマで見た新婚の風景を思い出して、赤面する俺。
それを察したかのように彼女も赤面する。
――こんなこと考えるなんて、俺も・・・・・
そう思うと、軽く頭を振って考えることを変えようとする。
「え、えと、学校どう?」
俺は話題を作ろうと、彼女に話しかける。
「し、指揮者が突然倒れたってきいてみんな大慌てみたい。だけど、ちょっと重いだけで普通の風邪だって委員長さんが説明して、みんなほっとしてた――」
「そ、そう・・・・・」
会話が、続かない。
「バンドは?今日は練習ないの?」
「今日は練習4時からだからまだ時間あるから。だからお、お見舞いに――」
「そうなんだ。・・・・・ありがとう」
考えてみると同級生の女の子を部屋に招き入れるなんて、彼女が初めてだ。
と、いうか身内以外の異性でこの部屋に入ったことがあるのは、ハピマテと彼女だけだ。
あの人のような凄い部屋ではなく、普通の部屋なので別に問題はないのだが、今まで女子と付き合いなんてそれほどなかったし、部屋に招くほど親しくなったこともなかった。
「そうそう」
そう言って何かを思いだしたような手つきでカバンをあさる彼女。
そして、一枚の紙を取り出す。
ルーズリーフに手書きの文字。少し丸っこい文字が可愛い。
「なに、これ?」
「えっと、この前のオーディションの時に受かった10バンドの特徴とか、メンバーとかを書いて置いたんだけど・・・・・」
彼女の言った通りだった。
紙一杯に、バンドのメンバー、歌った曲、特徴、そして彼女自身が書いたレビュー。
「へぇ、こりゃ凄いや・・・・・」
俺は素直に関心した。
よくあの短時間の演奏でこれだけの知識を詰め込めることができたものだ、と。
彼女は
「歌った曲とかメンバーとかは生徒会からの手紙で分かっただけだから・・・・・。感想もうろ覚えのところ多いから大したことではないよ――」
と弁解するが、やはり凄いと思う。
と、そこで思い出す。彼女は、あの人についで成績学年二位だった。
どの学校もほとんどそうだと思う。成績トップの上位2名くらいは固定されている場合が多い。
「あ、おかゆさめちゃうよ」
「ん、ホントだ」
俺はそう言うと起きあがっておかゆを食べようと手を伸ばす。
と、彼女がおかゆとスプーンをとり、俺に手渡してくれる。
「あ、ありがと・・・・・」
俺はそう言って、うけとる。少しだけ、手と手が触れ合う。
俺は彼女から受け取ったおかゆを口に運んだ。
もう、俺の舌になじむ温度になっていた。


しばらく話をしているうちに、4時近くなったので彼女は
「じゃあ、私、バンドの練習があるからそろそろ帰るね――」
と言って、部屋を出る。
俺は玄関まで見送ろうとするが、彼女に
「風邪なんだから、ここでいいよ」
と言われたので、ベッドに腰掛け
「じゃあ、バンドのみんなによろしく」
と挨拶をする。
タッタッタと階段を下りる足音とガチャ、という玄関のドアが開いた音がして彼女が家を出ていった。
「――もう出てきていいよ」
彼女が帰ったことを確認すると、俺はクローゼットの中に隠れているハピマテに声をかけた。
「ふぅ〜・・・・・」
そう言って、中から出てくるハピマテ
「ごめんね、息苦しかっただろ?」
「うん、でも大丈夫。」
ハピマテは手で髪を整えながら答える。
そして、俺の方を見ないようにしながら
「ねぇ、今の女の子って・・・・・付き合ってる人?」
と訊いてきた。
俺はぎくっとする。どう答えれば良いのだろう?
が、ここで嘘をついても意味がない。と、いうか俺に不利な状況ができるだけだ。
「うん、そうだよ」
俺はハピマテの方を見て、はっきりそう言った。
ハピマテもこっちを向く。
数秒の沈黙――
なにか、言われるだろうか?
俺は少し不安になる。
が、その不安は必要のないものだった。
「そうなんだ。いいね、なんかお似合いで」
ハピマテは笑ってそう言った。
その笑顔は曇りが一点もない、晴れやかな笑顔だった。


3日が経ち、俺の熱も下がった。
医者からも登校して良い、と言われたので俺は久々の学校に行くことになった。
「じゃあ、いってきます」
「いってらっしゃーい!」
今日は、時間に余裕もある。走る必要はない。
ここ数日、外に出ていなかったので通学路の風景が懐かしい。
――学校に着き、教室のドアを開けるとみんなが合唱の練習をしていた。
「おはよう」
そう言って教室に入ると、みんなが出迎えてくれる。
「おぉ、久しぶり!」
「心配してたぞ?お前も指揮やれないとかなったら大変だからな」
「ま、よくなって良かったな」
声をかけてくれるみんなに俺は
「休んじゃってごめん。指揮とか合唱とかはこれから取り返すから」
と言う。一応、反省しているつもりだ。
「いいってことよ。さ、こんなことしてる暇あったら練習しようぜ」
あいつがそう言ってくれたので俺は大分気が楽になった。
みんなに責められたらどうしよう。そう思っていたのだ。
しかし、その心配も、必要ないものだったようだ。
「よし、じゃあ練習すっか!」


――放課後。
俺達はあいつの家に集まっていた。
俺が休んでいる間のおおまかな事はあいつが説明してくれた。
それぞれ楽器が演奏できるようになった。あの娘も歌の練習をしていたらしい。
と、いうことは置いて行かれているのは俺だけ、ということだ。当たり前だが。
「声は出るのか?」
あいつに訊かれ俺は
「喉はやられなかったんだ。だから、歌に問題はないと思う」
と答え、「あー、あー」と声を出してみせる。
それを満足げにあいつは見ると
「じゃあ、こいつも復帰したところだし、とりあえず合わせてみるか」
と言う。それぞれが、それぞれに配置につく。
カッカッカッ
あいつがリズムを刻み、あの人が担当しているベースが前奏を奏でる。そこに、彼女のキーボードが入り込む。
そして、俺は大きく息を吸い込むと、声と一緒に吐き出した。



「いいか、いよいよ今日だ」
あいつの一言で、はっきりした。これは夢じゃない。
今日は、そう。
――合唱祭当日
あれからほんの数日だったが、俺達は必死で練習をした。バンドも、合唱も、指揮もだ。
「今日駄目だったら、みんな駄目。だけどな、わかってるよな?今日成功すれば、みんな成功だ」
円陣を組んでいる俺達、B組。リーダー格だったあいつが最後の一言をかけた。
「気合いいれていくぞ!!」
「オー!」
全員で舞台裏で円陣を組んだ。今から発表だ。
課題曲の指揮者の俺は、まず、指揮台の方へと行く。そして、礼をして指揮をするんだ。
心の中で何をするかを整理する。
「続いて、B組の発表です――」
アナウンスがなり、俺達が入場する。
そして、指揮台の方へ行き、観客に礼。
会場からの拍手。
俺は指揮台にあがり、片手をあげる。
1、2、3、4
心でリズムを刻んでから、指揮棒をそっと振った。練習通り、と思いながら。


――終わった。
全てが。いや、全てではないか。
俺達、B組は発表が終わり、ステージから降りてきた。俺も、練習通り振れたし歌えた。
みんなの合唱もそろっていたと思う。今までで一番良かったかもしれない。
女子達は「どうかなぁ」、「私、失敗しちゃったよ」とお互いの感想を述べ合っている。
男子達はいたって静かだ。それは、自分達の勝利を確信しているのか、それとも――
――余計なことを考えるのはやめよう。終わってしまったことだ。どうすることもできない。
俺はそう考え、軽く頭を振った。
あとは他のクラスの演奏を聴き、次の合戦に備える。
――次の合戦
そうだ、次の合戦は、バンド。
クラスのことを第一優先に考えていたつもりだったが、ここまでくると心の奥の奥ではバンドの方を意識していたことに気づく。
深呼吸。
少しだけ落ち着いた。ステージを見ると、C組の彼女がピアノを弾く準備をしている。
――そうか、彼女は伴奏か。
よく考えてみれば当たり前のことだ。彼女はおそらくこの学校で一番、ピアノが上手い。伴奏者賞は確実だった。
――しばらく、のんびりしよう。
そう思い、俺は椅子に身をまかせるように座るとステージに集中した。


――昼休み。バンドコンテストが行われる時間だ。
参加する10バンドは舞台裏に集められた。それぞれ、楽譜の確認や台詞の練習などをしている。
ステージでは生徒会長が挨拶やルール説明をしているようだった。
「おい、俺達は『出場が目標』とかいう目標じゃなかったよな?」
あいつが話しかけてくる。俺達は緊張しきっているため、頷くことしかできない。こういう時、あいつはタフだ。
「いいか、1位だ。それ以外考えるな。上位入賞とか、駄目だ。1位。飽くまで1位」
あいつはふと緊張しきっている俺や彼女、あの娘を見る。そして笑って言った。
「おいおい、オリジナル笑顔だろ?そんな固まりきった表情で歌うつもりかよ」
その一言でふっきれた感じがした。流石だ。そうだ、1位を狙わないと、いけないんだ。
「やるぞ」
「OK」
この短い会話だけで気持ちは十二分に伝わってくる。
と、そのとき
「やぁ、どうだい?」
話しかけてくるバンドがあった。『花鳥風月』だ。
「絶好調さ」
「そうか?緊張しているように見えたがな。ま、お前らはラストだからな。」
そうだ。俺達がラストだ。だが、緊張はしない。最初より良いと思っていた。
あの人を見るとあきらかに嫌っていた。見るのも嫌だ、と顔に書いてある。
「それより、お前らさっきの話本気か?『1位になる』だって?」
「俺は出来ないことを言うほど馬鹿じゃないね」
あいつの反論を聞くと、『花鳥風月』の連中は笑い始める。
「おいおい、そんな糞オタクソングで1位狙う気か?笑わせてくれるな。今回は観客投票があるんだぜ?ようするに、原曲が良い曲の方が人気がでるってことさ」
そこで、それまで黙っていたあの人がついに口を開いた。
「だったら僕達の勝ちみたいだね。」
「あぁ?」
『花鳥風月』の一人が今にも胸ぐらをつかみそうな勢いで反論する。
だがあの人にはまったく効果がないようだ。
「君たちに糞呼ばわりされる覚えはないね。だいだい色の電子器具より100倍ましだろ?」
「うっせーぞ、オタクごときが!」
相手はもう半ギレ状態。だが、こっちにはあの人という最大かつ最強の壁がある。
「正直、パクリ厨に言われる筋合いはないね」
あの人がそう言った後に、あいつが
「おいお前ら」
と話しかける。
半分キレ気味な『花鳥風月』の連中は
「あぁ?」
とヤンキーみたいな返事。
「俺らが1位になったらどうするよ?」
「どうするって・・・・・」
言葉に迷っている奴らにあいつは
「俺らが1位になったら、お前ら1人10枚ずつハピマテ買ってもらおうか。お前らは6人だから合計60枚か、はは、こりゃ大収穫だ」
と言った。連中はにやりと笑った。
「分かった。ま、俺らがそんな糞CDを買うことにはならないだろうけど」
「確かに言ったな?・・・・・後悔するなよ」
「する必要もないな」
そう言うと『花鳥風月』は、手を振って、歩いていった。


「それでは、今回もダントツの優勝候補、イケメン軍団!『花鳥風月』の皆さんです!!」
司会の言葉が終わると同時に『花鳥風月』の連中がステージに走り出していった。
「こんにちは!『花鳥風月』です!今回のバンドも花鳥風月を親として優勝ぶっちぎるぜー!」
その台詞に客席の一部の女子から
「キャー!」
という歓声が送られる。
舞台裏にいる俺達は気に入らない。
と、横にいたあの人がブツブツとつぶやく。
「『花鳥風月を友とする』だろうが、馬鹿が」
反対側にいた彼女も
「・・・・・花鳥風月を友として、じゃないの?」
とつぶやく。
が、正直な話、俺自身『花鳥風月』の意味をしらない。どうも恥ずかしい。
そんな間違いもしらずにステージ場の連中は乗りに乗りに乗っていた。
そして、それぞれの楽器の準備が終わると、リーダー格の輩が
「それでは、行きましょう。作詞作曲、オレンジレンジ、演奏『花鳥風月』で、『花』」
作詞作曲オレンジレンジか・・・・・。笑わせてくれる。
が、会場の盛り上がりは異常なものだった。
ごく一部の女子が盛り上げているのだろうが、会場全体から手拍子が巻き起こる。
俺は緊張が重なる。あれだけ大口叩いて、勝てなかったら――
そこまで考えた時、あの人が
「これなら、余裕みたいだね」
と言った。流石、自信家・・・・・
数分して、演奏が終わった。
「ありがとうございました!!」
「キャー!」
おきまりの歓声が飛んできて、奴らの出番は終了となった。
舞台裏に戻ってきた奴らの表情は、勝利を確信しているかのようだった。


その後も、何組かのバンドが演奏を続けていったが、どれも『花鳥風月』に勝てるものではなかった。
奴らを1位にしないためには、最後の俺達が奴らを超える演奏をしなければならない。
そして、ついに、俺達の前のバンドが終わった。
「ありがとうございましたー!」
鼓動が早くなる。
「それでは、続いて最後となります。『MATERIALS』。バンドコンテストにアニメソングで参加という無謀な挑戦をしつつも一部から大きな反響と支援を貰っています!それでは、どうぞ!!」
その言葉をきき、ステージ上に登場する。
あいつが、マイクを受け取りしゃべり出す。
「俺達がやろうとしていることは無謀な挑戦ではありません!俺達が今から歌う曲を真に良い曲だと思ってくれた確かな耳をお持ちの方は、8月のはじめに発売されるCDも是非買ってみて下さい。そして、文化祭でもう一度、これを演奏させてください!!」
会場中から、奴らみたいな歓声はあがらないものの、大きな拍手。
そして、俺のクラスが座っているあたりから
「待ってたぞー!」
「しっかりやれー!」
と声援が飛ぶ。
それを胸にとめ、後ろを向いたあいつに目配せで「演奏開始OK」の合図をする。
あいつのドラムがリズムを刻む。
カッカッ、カッカッカッカッ
あの人と彼女の伴奏。
呼吸を整え、息を吸い、自分が最高だと思う声を出す。
「光る――」
歌っているうちに緊張も薄れてくる。となりで歌っているあの娘をちらっと見る。必死ながらも、笑顔を交えて歌っている。
そして、そこで思い出した。そろそろ、「問題の」シーン場面だ。
まず、最初は
「ピンときた方へレッツゴー!」
で笑いを誘う。大成功。客席からどっと笑いがこぼれる。
「お気に入りのフューチャー、胸に描こう――」
息を吸う。溜める。吐き出す。
「ボクらも行くよぉ〜!」
「あぁ〜ん、まってよぉ〜!」
客席から笑いがこぼれる。いや、あふれた。
だが、これだけでは終わらない。一気に畳みかけてやる。いや、畳みかけるのは俺ではないが。
台詞を言ったあと、あの娘が少しHなポーズを取り、ウインク、そして、投げキッス。
普通、考えられないだろう。だが、完全に羞恥心を捨てたあの娘はもはや平気に演じている。見ている方が恥ずかしいくらいだ。
客席から
「おぉ〜・・・・・」
というどよめき。これは、クリーンヒットだな・・・・・
そして、わずかなタイミングを置き、歌に戻る。完璧だ。一点のミスもない。
君に届けたい HAPPY READY GO!!
伴奏も終わり、決まった。
我ながら、完璧だった。これ以上はないだろう。おそらく、脳内ランクなら『花鳥風月』と同ランクのはずだ。
会場から拍手がまきおこり、それに答えるようにあいつが
「ありがとうございました!」
と言った。
が、それだけでは終わらなかった。予想外の出来事が起こった。
客席から何人かが声を合わせて拍手に乗せて叫んだ。
「アンコール!!」


客席からの声で俺は動揺した。
「アンコール」だって?
予想もしていなかった。第一、バンドコンテストでは歌う曲は1曲と限定されているはず。
「お、おい、どうする?」
俺は振り返り、後ろにいたあいつに話しかける。
「よし、ちょっとマイク貸せ」
あいつにそう言われ、マイクを手渡す。
すると、あいつは
「みなさん、ありがとうございます!こちらも想定外のことで驚いています。少しうち合わせの時間をください!」
そう言って、俺達を呼ぶあいつ。
即座に円陣を組み、話し合う。
「――おい、お前らアレ覚えてるか?」
あいつが言った。
「・・・・・アレって?」
「オーディションで演奏した、『輝く君へ』だよ。弾ける?」
どうやら、あいつはアンコールに『輝く君へ』を演奏するようだ。
「忘れてはいないね。今みたいなパフォーマンスはできないけど」
「た、多分大丈夫だと思う――」
「俺も歌えないことはないと思う」
「私も大丈夫」
全員からの、OKの返事。
あいつはニヤリと笑うと
「じゃ、決まりだな。・・・・・盛大なアドリブ、期待してるぜ」
そう行って、あいつは俺とあの娘の背中を押し、各自の立場につかせる。
そして、マイクで
「長らくお待たせしました。それでは、皆さんのアンコールに応え、オーディションの時に演奏した『輝く君へ』を再度演奏しようと思います!よろしくお願いします!!」
とたんに会場から
「わーっ!」
という歓声があがる。
「それでは、原曲、麻帆良学園中等部2-Aで『輝く君へ』!」
あいつが刻むリズム。それに一体となるベース、そしてキーボード。
そこに折り重なる、歌声――


「ありがとうございました!」
巻き起こる拍手。完璧だ。
一斉に合わせてお辞儀をし、舞台裏に戻る俺達。
「これなら、奴らに勝てたんじゃないか?」
「たしかに印象を強く残すことはできたね」
ステージを見ると、生徒会長が挨拶をしていた。
「それでは、全ての発表が終わったところで、こちらは選考に入らせていただこうと――」
そこまで言った所で会場から邪魔がはいった。
「おい、ちょっとまてよ!」
生徒会長が驚いて見ると、そこには『花鳥風月』のリーダーが立っていた。
「さっきの『MATERIALS』はなんだったんだ?バンドコンテストでは1曲しか歌えないんじゃなかったのか?」
少々キレ気味なリーダーに、生徒会長は少し動揺しつつも
「少々お待ち下さい。審議いたします」
と言って舞台裏にきえていった。
そして、数分後出てきたと思うと
「先ほどの件ですが、ルールには『バンドコンテストで演奏できる曲は原則として1曲のみ』とあります。今回はアンコールを受けたということで特例を認め、これを承認しました」
それを聞いた奴らは悔しそうに座った。客席がシーンとする。
「それでは、各自、解散」
その一言でその沈黙は破られた。


そして、全ての発表が終わり、結果発表の時間となった。
まず、最初は、そう、バンドコンテストの結果発表だ。
先ほど生徒投票の用紙が配られ、回収されたところだった。
「それでは、生徒投票の結果から発表します。これで1位だったバンドには5ポイント、2位だったバンドには2ポイントが追加されます!」
そう言って息を吸う生徒会長。
「今回は接戦でした。2位より発表します。生徒投票2位――」
俺達の間に沈黙が流れる。
「2位、『MATERIALS』!347票!」
――2位、か。
少し、心配になる。生徒投票の結果は正直大きい。と、いうことは1位は当然――
「そして、1位は『花鳥風月』!351票!わずか4票の大接戦でした!」




       (第六十八話から第七十三話まで掲載)