「よーし、次の店だ」
あいつの一言で、俺達はその店を出た。
「あと何枚くらい買うの?」
「ん、とりあえず、あるだけ」
ハピマテの質問にそう答えながら、次の店に入った。
そこには、あの人がいた。
「お、よう」
「やぁ」
あの人がハピマテを全て買い占めてしまったかと思い、ひやっとしたが、その店は大量にハピマテを入荷してくれていたようでまだ余っていた。
俺は、財布の中身の残量を確認し、一枚ずつレジに持っていく。
あの人も他の店で大分あさってきたようで、財布は軽そうだった。
「そうか、今週はポルノも一緒に出してたんだな」
あいつがそう言う。
俺は少し考えてみたが、それがどうしたのかがわからなかった。
そう尋ねると、あいつは
「いや、その、委員長が好きなんだよ、ポルノグラフィティ。」
委員長というのはあの娘のことだろう。
そういえば、そんなことを言っていたような気がする。
たしか、あの遊園地で偶然出会ってしまったときだろうか。
ライブに行くほど好きなのに、今回はそれを買わず、ハピマテを買ってくれていたのか。
俺はそう思うと、少し感動した。
他の友達も、一緒に出た曲で、好きだがハピマテのために見送ったという奴もいただろう。
と、その時、ハピマテの隣においてあった浜崎あゆみの『fairyland』を客の一人が手に取った。
「・・・・・」
その客を、あの人が無言のまま一睨みする。
客はその眼に一瞬びくっとしたが、気にせずにそれをレジまで持っていった。
「やれやれ・・・・・」
あの人が、肩を落とす。
「あんなの聴いてて、耳がおかしくなるってことがわからないのかな」
そう言うあの人を俺は笑ってみた。
その後も、何人か浜崎あゆみを買いにその店を訪れたが、そのたびにあの人の鋭い眼光に睨まれるというはめにあっていた。
そして、また客の一人が、浜崎あゆみのCDに手を伸ばした。
あの人は例によって、静かなだが、するどい眼差しでその客を睨んだ。
客は一度は浜崎あゆみを手に取ったが、すぐに棚に戻し、驚くべきことに今度はハピマテを手に持って言った。
「それはあんまり関心ならないな。店の営業妨害じゃないのかな?」
その客の顔を見上げて、俺はさらに驚くことになった。
そこに立っていたのは、幾度と無く助けてくれた国語の先生だった。
「え、あ、あれ・・・・・?」
俺は事態が分からず、きょろきょろした。
あの人も、素直に驚いている様子だった。
国語の先生はハピマテをそのままレジに持っていき、会計をすませた。
そして、ハピマテを持っていた紙袋に入れるとその中身を俺達に見せた。
その中には、大量のハピマテが入っていた。
ざっと30枚はあるだろう。
「え、あ、あの、これ・・・・・」
俺は何を尋ねて良いかわからず、ただ唖然としながらそれをぼーっとしながら見ていた。
そして、その後、先生は
「おいおい、グッジョブって言ってくれよ。これがVIPクオリティだろ?」
と笑いながら言う。
それで我に返った俺とあいつ、あの人は声を揃えて
「グッジョブです」
と言った。
それを満足げに訊いた先生は手を振ってその店を出た。
「・・・・・まさかあの先生もVIPPERで、ハピマテスレ住民だったなんてな・・・・・」
「だからいろいろ助けてくれたり協力してくれたりしたんだね」
「ともかく、ああいう凄い見方が増えるのはありがたいことだと思うよ」
俺達はそんな話をしながら、棚に残っていたハピマテを全て購入した。
そして、その店を制覇すると、その日は各々の家に戻った。


――日曜日。
CDを購入して、オリコンに加算される最後の日。
俺は、CDを買ってきてから、家に戻った。
机の上には山のようにハピマテが重ねてある。
結局、50枚ほど買ったのだろうか。おかげで、財布も空っぽだ。
「よし、これだけ買えば・・・・・。他のみんなも沢山買ってくれたし」
俺はそう言って、指を折って買った枚数を数える。
おそらく、俺の学校内だけで300枚を超えているのではないだろうか。
「すごーい、ありがとう!」
ハピマテはこっちをにこにこしながら見ている。
俺はPCの電源を入れ、VIPを開いた。
みんなが「買った」という報告や画像をみていると、ふと目に飛び込んできたレスがあった。


この最終版で、この活動も終わりなんだよな。
終わったら、これってどうなっちゃうんだろ


俺はそのレスを見て思った。
この最終版が発売されて、オリコンの結果が出たら、ハピマテはどうなっちゃうんだろう。
このときのハピマテというのは、もちろん、俺の隣で座ってディスプレイを見ているハピマテのことだ。
それは、今までに何度か考えたことだったが、その時期が近くなるにつれて重大なことのように思えてきた。
最終版の結果が出ても、今まで通り俺の隣で笑っていてくれるのだろうか。
それとも、まさか――
俺は軽く頭を振って、思った。
――きっと、前者だろう。
何故か自分にそう思いこませようとしていた俺がいたのだ。
「あの、さ――」
「なに?」
俺はハピマテに話しかける。
「君は、ハッピーマテリアルっていう存在なんだよね。音楽の」
「そうだよ」
「じゃあさ――」
そこで俺は言葉を切り、息を吸い込んでから言った。
「最終版の結果が出ちゃったら、君は、ハピマテは、どうなるの?」
その言葉に一瞬、一瞬だけだが、ハピマテの顔が曇った。
だが、すぐに笑顔になって
「それは――実は私にもわかんないんだよね。うん、私も、わからない」
最後はひと単語ずつ区切るように、言い聞かせるようにハピマテは言った。
「そうなんだ」
俺は言葉ではそう言ったものの、納得していなかった。
――ハピマテはきっと何か隠しているんだ
と、直感で思った。
だけど、もしも隠しているとしたら、俺が考えているように――
そこまで考えて、また頭を振る。
今は、今のことに集中するべきだ。
後のことなんて、考えている暇はない。
今は水曜日に発表される、ウィークリーランキングのことで、頭がいっぱいのはずだった。
「えーっと、そ、それでさ」
「ん?」
ハピマテの言葉に耳を傾ける俺。
「あの、その、ネットの方ではどのくらい買ってくれてるのかな?」
「かなりの量みたいだね。今回は強敵揃いだけど、無理なことはないと思う」
ハピマテが話題を逸らしたのは見え見えだった。
だが、俺はあえてそれに気づかぬふりをした。
俺は士気UPのために、デジカメで買ったCDを撮ってVIPに貼り付けようと、デジカメを探す。
そして、向こうの棚にあるのを見つけ、
ハピマテ、ちょっとそれとって」
と声を掛けた。
「え?どれ?」
「ほら、それ――」
俺はデジカメを指さすために前のめりになる。
が、その結果、足下に大量に束ねてあったコードに足を引っかけてしまった。
「お、あ、あー!」
「え?きゃー!」
ドシーンと豪快な音がして、俺が転び、ハピマテもそれにつられて転んだ。
その結果、俺が上になり、ハピマテを押し倒すような形になってしまった。
「え、あ、え・・・・・」
その状態が数秒間続く。
そして、俺の理性が動いた――


「あ、えっと――」
ハピマテがとまどいの声をあげる。
が、俺は何も言わない。
何を考えているのか、自分でも理解できない。
ただ、ハピマテの目をじっと見つめている。
息が、荒い。
ハピマテの顔が少しだけ赤くなる。
俺は少し、体を起こすと、ハピマテの顔に手をやった。
暖かい、柔らかいぬくもりを感じる。
その顔をただ単に手でなでた。
「な、なに・・・・・?」
ハピマテの顔がみるみる赤くなる。
俺は自分で考えて手を動かしているわけではない。
無意識のうちに、という奴なのだろう。
が、頭の中は真っ白で、そんなことを考えることもできない。
そして、しばらくその行動を続け、ハピマテの顔を両手で包み込むように持った。
そのまま、その顔を少し上に持ち上げる。
「・・・・・え?」
ハピマテが声をあげるが気にしない。気にならない。気にすることができない。
そして、そこに自分の顔を近づける。
少しずつ、少しずつ。
ハピマテの顔が耳まで真っ赤になる。
俺の顔も少しくらいは赤くなっているのだろうか。
そして、俺の顔とハピマテの顔が触れる直前まで接近した。
ハピマテの息が顔にかかるくらいまでに。
「・・・・・」
ハピマテは喋ることもない。ただ、静かに黙っている。
俺はそのまま、顔を近づける。
ハピマテも、ついに目を閉じる。
そして――


光る風を追い越したら〜♪


その音に俺は驚いてその体制から飛び起きた。
近づいていたハピマテの顔が一気に離れる。
携帯の着メロだった。
俺はやっと我に返り、いそいで携帯の方に立ち寄り
「はい、もしもし」
と出た。
「あ、もしもし、私だけど」
電話から聞こえてきたのはあの娘の声だった。
「あ、えっと、なに?」
「連絡網なんだけど、明後日の火曜日は登校日になったので8時までに登校するように、だそうです。じゃ、次の人に回して、お願いね」
「あー、うん、了解」
そう言うと、すぐに電話を切って、ハピマテの方を見た。
自分がしようとしていたことが信じられなくなる。
そして、一言だけ
「ごめん」
と言った。他になんと言えばいいのかわからなかった。
ハピマテ
「ううん」
と一言だけ答える。
そして、俺はすぐに照れ隠しかは分からないが、連絡網の紙を探し始めた。
探すために机に向かいながら俺はふとある事を思い、確信した。
そこで、彼女の顔が頭に浮かぶ。
「・・・・・よし」
俺はぼそっと自分にだけ聞こえるくらいの声で言うと、ある事を決心した。
ハピマテもそのことには気づかないだろう。気づかなかったはずだ。
そして、連絡網の紙を探すのをやめ、携帯を手に持ちメールを打ち始めた。
後ろからハピマテが赤い顔で俺のことをじっと見つめていることを知りながら。



月曜日。今日から、俺の学校は夏休みへと入った。
夏休みの宿題より、友達からの誘いよりも、俺はこの場に来ていた。
いま、今日、来なければならない理由があった。
「ごめん、まった?」
「いや、俺もいまきたとこ」
ここは近くの駅。
彼女といつもの遊園地に行くために、ここで待ち合わせをしていた。
「それじゃ、行こうか」
「うん」
そう言い、俺達は出発した。


「ひゃー、こんでるなー」
「夏休みの初日だし、みんな遊びに来てるのかも」
並んでチケット売り場で、一日フリーパスを二人分、なんとか買い、パンフレットを広げた。
何度もここには来ていたので、乗り物はほとんど覚えていた。
「さて、どれから乗るか・・・・・」
「じゃあ、これから――」
彼女が指さしたのは、コーヒーカップ
「OK」
と俺は返事をして、コーヒーカップの方に向かう。
思っていた通り、そこにはカップルが大勢。まばらだが親子連れも見られる。
「ちょっと待つことになりそう」
「時間はいっぱいあるし、別にいいよ」
順番がまわってきて、俺達はコーヒーカップに乗り込む。
BGMが始まり、ゆっくりと回転しはじめる。
真ん中にあるハンドルを回せばもっとはやく回るのだが、どちらもそれに手を伸ばそうとしなかった。
「今日は突然さそっちゃってごめん」
俺は話題作りのために、彼女に話しかけた。
「うぅん、私も今日暇だったから」
「でも、もしかして夏休みの宿題を初日で終わらせちゃうタイプだったりしない?」
彼女は笑って
「私は最初の一週間で終わらせちゃうタイプ。でも、日記は流石に毎日書かないと」
「へー、俺は日記も最初の一週間で終わらせちゃうよ」
「天気とかどうするの?」
「天気はネットで調べて最終日に全部埋める」
「なるほどー、それいいかも」
そんな平和な話をする二人を乗せて回転し続けるコーヒーカップ
時間制限が終わり、コーヒーカップから降り、次の乗り物を探し始める。
なるべく空いているもの・・・・・
そう思いながら、辺りを見回す。
「じゃ、次はアレに乗る?」
俺は比較的空いている様子だった、パイレーツを指さす。
船型の機体が左右に大きく揺れる、という乗り物だ。遊園地の定番ではないだろうか。
「なんか怖そう――」
「大丈夫だよ」
俺は笑って彼女の手を引く。
いつものように。何事も起こらないように。


「もう夕方になっちゃったなぁ」
「次に乗るので、最後にする?」
遊園地にあるほとんどの乗り物に乗り終え、俺達はアイスクリームを食べながら歩く。
「最後はやっぱり、アレ?」
「うん」
まだ乗っていない乗り物。
いつも最後に乗るもの。
観覧車だ。
今まで、俺は観覧車のような密閉された空間に入るのが怖かった。
自分が豹変してしまいそうだったから。
でも、今は違う。
何も思わない。何も感じない。
「じゃ、乗ろうか」
俺が列に並ぶ。彼女も後ろに並ぶ。
順番が来て、観覧車の中に乗る。
俺と彼女は向かい合うように座る。
「・・・・・」
無言。何も喋らない。話題は思いつくのに。
そのまま、時間がすぎ、観覧車から降りた俺達。
結局、一言も口をきかなかった。だけど、後悔はしていない。
「じゃ、帰ろうか」
そういう彼女を俺は人気のない休憩広場のような場所につれていく。
あるのは自動販売機と、樹木だけ。
俺は少しためらったが、息を吸い込んで、第一声を放った。
彼女に対して。考えていた、言葉を。
「あのさ――」


そこまで言ってから、また言葉が続かない。
意を決して言葉を出そうとするが、何故だかわからないけど、できない。
そんな俺を彼女はうつむきながら待っていてくれる。
何を思っているのだろうか。
早く何か言って欲しいと思っているのか。それとも、俺が言おうとしていることが何か考えているのだろうか。
それとも、俺が言おうとしていることを察して黙っているのだろうか――
ともかく、言わないと何も始まらない。
言おうとしていることが、彼女を傷つけてしまうかもしれない。
それで、俺はひき目を感じているのだろうか。
そんなこと考えなくても、わかっている。そうに決まってるじゃないか。
そんなことを考えている暇はない。
とにかく、言わないと。これを。俺が思っていることを。
そう思って、もう一度深呼吸。
告白の返事をするのより、大変だ。
そして、俺は口を開く。
「あの、さ、俺、謝らなきゃいけないことがあるんだ」
「・・・・・」
彼女は俺の話を無言で聞いている。
そんな彼女に俺は何でもないことを言うように言った。
「他に好きな人ができた」


そのあと、1分くらいだろうか。
二人は無言だった。
なんと返事をされるか怖かった俺は、何も言ってこなかったことで、少しほっとした。
彼女が何も言わないのを確認して、俺は話を続ける。
「二股みたいなことはしたくないんだ。そんなことしたら、君も嫌だろうし」
うつむき加減の彼女に、俺はわざと追い打ちをかけるように言う。
「だから、別れよう。俺達」
俺もこういう言い方をしないと、自分が持たなかった。
どうすることもできない。感情に振り回されそうだった。
「・・・・・・わかってた」
ずっと黙っていた彼女がぼそっと口を開いた。
「私、あなたが他に好きな人がいるんじゃないかって。な、なんとなくだけど――」
俺は彼女の顔を見つめる。
彼女は続ける。
「私の、しらない人、でしょ?」
「・・・・・うん」
気がついた。
泣いてる。
当たり前かもしれない。予想外かもしれない。思っていた通りかもしれない。
「私も、あなたが好きな人といれるのが良いと思う。私がいたら、い、居づらいだろうから・・・・・・」
単語1つずつ、ゆっくり発音する彼女。
あふれる涙を堪えきれないようだ。
「わ、私と付き合って貰ったのも、私が無理矢理言ったみたいだったし・・・・・」
「そんなことないよ」
俺は彼女に言い聞かせるように言う。できるだけ、優しく。
「俺も、君は好き。もちろん。だから、無理矢理なんかじゃない」
「そ、それなら、い、いいんだけど・・・・・」
今にも崩れ落ちそうな彼女。
俺はどうすることもできずに、ただ一緒に立っているだけ。
そんなことって、あるんだろうか?
俺が、悲しませた。なのに、何も出来ない。
ただ、俺が何かいってあげたりしたら、それは馬鹿にしているように見えてしまうのだろうか。
俺はそう考える。
目の前にいるのは泣いている彼女。
そして、この場にいるのは、ただ立っているだけの俺。
「・・・・・」
少しだけ、考えてから、俺は決めた。
予定通りのことをやる必要も、もうないだろう。
予定外のことを、やっても別にいいだろう。
俺はそう思い、彼女の方に腕を伸ばす。
泣いている彼女の肩に腕を回す。
そして、何事かと泣きはらした目でこっちを見る彼女の一瞬だけ見つめる。
俺は腕を自分の方に持ってくる。
彼女の顔も、こちらに寄る。
俺は顔を近づける。
同じ高さに持ってくる。
そして、
目を閉じて、自分の唇を彼女の唇にそっと重ねた――



あれからその場にただ立っていることしかできない様子の彼女を置いて、走って家まで帰ってきた俺。
家に帰ってきてからは、ハピマテに何を言われても俺はただ黙っていた。
そして、その日はすぐに布団に入って寝た。


――火曜日。
俺は8時まで寝ていたが、一昨日あの娘から来た電話を思い出して飛び起きた。
そうだ、今日は登校日だった。
たしか、登校時間は8時。時計を見ると、8時1分32秒。
電波時計なので狂っているはずは、ない。
急いで着替えると、俺は朝ご飯も食べずに家を飛びだした。
確実に遅刻だが、走ればすぐに学校には着くはずだ。
校門をくぐり、教室へと上る階段を駆け上がる。
ガラッ
ドアを開け、
「す、すみません、遅刻しました!!」
と言いながら教室に入った。
――あれ?
教室に、担任の姿が見えない。
時計を見ると、8時12分。
「え、あ、あれ?」
俺は周りをきょろきょろと見回す。みんながくすくすと笑っている。
あの娘が俺のそばに来て、言った。
「いっつも遅刻するから、ホントの時間より15分早く教えて置いたの。ホントの登校時間は8時15分。間に合って良かったわね」
俺はその言葉を聞き、がっくりと膝をつく。
――じゃあ、こんなに全力疾走で来なくてもよかったわけか・・・・・
「ほら、あと2分で先生が来るからはやく席に座りなさい」
あの娘に言われ、俺はよろよろと自分の席にいくと、崩れ込むように座った。
こんなに走ったのは久しぶりだ。息が荒い。
「よっす、まんまと騙されたみたいだな」
あいつが話しかけてくる。
俺は力無く頷いた。
「ま、間に合ってよかったな」
「まぁな・・・・・」
そう言っているうちに、チャイムがなって担任が教室に入ってきた。
「それじゃ、一時間目はホームルーム。二時間目から集会。それで下校だ。夏休み中に学校なんて、お前達も不幸だな・・・・・」
そう言うと、担任は学級名簿を広げた。


集会ということで、俺達は体育館に集まった。
整列すると、隣の列に彼女が立っていた。
彼女は俺のことをちらっとみる。
俺は目を合わせないように、反対側を向く。
どうも、目を併せづらい。
「それでは、集会を始める」
校長がそう言う。
俺はその時間中ずっと式台の方に集中していた。
いつもなら、きょろきょろ周りを見回して、落ち着きがない様子をしているのに。
今日は周りを見ると、彼女と目が合ってしまいそうで怖かった。


集会が終わり、下校しようとするとあの人がポケットに手を入れたまま歩いてきた。
そして、一言だけ
「フった?」
と言った。
俺は驚く。
そのことは、誰も知らないはず。まさか、彼女が喋った?
いや、それはないだろう。彼女はそんなことをする子じゃない。それは俺が補償できる。
そして、思い出した。
――そうだ、この人は秘密を見つけだす天才だった・・・・・
俺はあの人の言うことをスルーし、靴を履くとそのまま無言で家に帰った。
振り返らなくても、あの人が肩をすくめるのが分かった。


「ただいま」
「おかえりー!」
俺は帰宅すると、すぐに部屋に戻った。
俺の計画は彼女にあんなことを言っただけで終わったわけではない。
意味もなく、彼女と別れたりはしない。
あの時、『他に好きな人が出来た』っていったのも、断るための嘘の口実じゃない。
「あのさ、ハピマテ
「ん?なに?」
俺は振り向いてハピマテの方を見る。
真剣な顔をした俺に驚いて、ハピマテも少し真剣な顔になる。
「えっと――」
俺はそこまで言ってから、口を開いたまま言葉を止める。
不思議そうな顔をするハピマテに、俺はほほえみかけて、言った。
「ちょっと、出かけないか?そこの、公園まで」


「懐かしいな、この公園。ハピマテがプチ家出した時に、ここに探しに来たっけ」
「それは恥ずかしいから言わないでよー」
そう言うがハピマテも笑っている。
ちょうど時間は正午。
「それで、どうしたの?急に」
ハピマテが尋ねる。
俺は
「えーっと、話したいことがあってさ・・・・・」
と言葉を濁す。
そうしてから、一言だけ
「ブランコにでも乗ろうか」
と言った。


キーコ、キーコ・・・・・
ブランコがきしむ音がする。
俺の隣にはハピマテがいる。
ブランコに乗って、座っている。
しばらく、二人は無言だった。
ハピマテはブランコというものを知っているのだろうか?
始めはそう思ったが、普通に乗りこなすことができているようだ。
俺は頭の中で言葉を整理する。
――最初はなんと話しかければ良いだろう?
じっくり考えながらブランコをこぐ。
と、ハピマテがブランコから降り、俺の方に近づいてきた。
「え?」
俺が「なにするんだ?」と言おうとするが、その前にハピマテが俺の座っているブランコに立ち乗りをする。
俗に言う、二人乗り。
「え、ちょ・・・・・」
自分で顔が赤くなるのが分かる。
「なに照れてるの?」
笑いかけてくるハピマテ
「うるせー」
と冗談口調で答える。
こういうのも、悪くないな。
そう思いながら、しばらくブランコに揺られる。
俺はふと、下に降り、ハピマテの方を向く。
ハピマテもジャンプして、ブランコから降りた。
「あの、さ、ハピマテ
「なに?」
俺は深呼吸。
そして、ハピマテの目をみて
「前から言おうと思ってたことがある。」
と話を切りだした。
ハピマテは黙って俺を見ている。
そして、俺は一息に言った。


「俺、お前のことが好きだよ。音楽としても、人としても」


沈黙。
そして、その沈黙を破るハピマテの言葉。
「え、だ、だって、あなた、学校の女の子と付き合ってるって・・・・・」
「この前、別れた」
一言で答える俺。
さらに続く沈黙。
俺は何も話さない。ハピマテも何も話さない。
ハピマテの顔が髪の毛に隠れる。
髪の毛を手ではらう、いつもの仕草もせずにただ呆然と立っているハピマテ
俺はただ、そのハピマテの目を見ている。
もちろん、告白。人生で二度目の。
しかも、その相手が人間ではないなんて。
だが、俺には関係ないことだった。
人間だろうと、音楽だろうと、ハピマテのことが、ただ率直に、好きだった。
一度はそれで悩んだ。
他の人に相談もした。
だが、今答えを出したのだ。
後悔など、ない。
最終版の結果が出てしまったら、もしかすると、言えなくなってしまうかもしれないから。
沈黙が続いたが、その沈黙はまたハピマテによって破られた。
「わ、私・・・・・」
ハピマテは動揺した表情で何かを言おうとしたが、すぐに振り返り家の方向に走り去ってしまった。
俺はそれを立ち止まって、黙って見ていた。
追いかけることもしないかった。返事を聞こうと思うこともなかった。
そして、しばらくしてから、ゆっくり歩いて家に帰った。



家に帰ってから、ハピマテはずっと無言だった。
口を利くことも、目を合わせることもしてくれない。
だが、それも当然かと思った。
突然、何のきっかけもなくあんなことを言ってしまったのだから。
だけど、俺も答えがほしくて言ったわけじゃない。
今言わないと言うチャンスがなくなってしまうのではないかと思って自分の気持ちを伝えたのだ。
でも、と俺は思った。
でも、このままの状態では何か嫌だ。
ずっと、口を利いてくれないわけがないが、気まずい雰囲気が続くのは耐えられないかもしれない。
俺は自分の部屋から出ると、「いってきます」とも言わずに家を出た。
向かう先は、あの人の家。
ピンポーン
と呼び鈴を鳴らすと、すぐにあの人が出てきた。
「やぁ、珍しいね」
あの人にそう言われ、俺は
「うん」
とだけ答えた後、
「中に入ってもいい?」
と訊いた。
あの人は
「別に」
と言ったので、俺はすぐにあの人の部屋の中に入る。
中は様変わりしていた。今まであったポスターなどは、全て無くなっている。
いたって普通のシンプルな部屋になっていた。
そして、一番変わっているのは山積みにされたハピマテの山。
あの人はPCの電源を切ると、
「紅茶でも」
と言ってキッチンの方に向かった。
俺は、あの人に言うことを整理する。
そして、あの人が紅茶のカップを2つ持ってきて、俺に手渡す前に
「言いたいことがあるんだけど」
と言った。
あの人は驚いたような表情もせず、テーブルに紅茶を置いた。
俺はその紅茶を一口飲む。美味しい。
「で、言いたいことって?」
あの人が訊いてくるので、俺は考えていた言葉を口に出す。
「学校で訊かれたことだけど、うん、月曜日に彼女とは別れた」
あの人は予想通りという表情をして、紅茶を一口。
「それで、さっき、前に相談した、そう、他の人に告白した」
「返事は?」
間髪入れずに訊いてくる。
俺は首を横に振る。
「まだ、答えはもらってないってとこかな?」
「その通り」
あの人に見事に見抜かれながらも、俺は普通な様子を装い答えた。
「ところで、なんで僕の部屋がこんなに変わっちゃったからわかる?」
あの人が話題を変えるように訊いてきた。
「・・・・・わからない」
俺は素直に答える。
その答えにあの人は笑って
「実は君以外にも今日来客があるんだ」
と言った。
その時、呼び鈴が鳴る。
「ちょうど来たみたいだね」
あの人はそう言って、玄関の方に向かった。
「いらっしゃい」
というあの人の声の後に
「おじゃましまーす」
という声が聞こえた。あいつの声だ。
そして、あの人は部屋のドアを開け、客を招き入れる。
「お、お前も来てたのか」
あいつが俺のことを見て言った。
そこに立っていたのは、あいつ、あの娘、そして彼女だった。
「え、あ、あれ、どうしたの?」
「どうしたのもなにもねーよ、『MATERIALS』のメンバーで集まろうってことになったんだ。でもお前の携帯電源切れてたから、今日はお前抜きってことになってたんだけど、ちょうど良かった」
――そういえば、携帯の電源切りっぱなしだったっけ
「ま、座ってよ。君達の分の紅茶も淹れてくるから」
あの人はそう言って席を立つ。
「お前は何しに来たんだ?」
あいつに訊かれ、俺は
「ちょっとね・・・・・」
と曖昧な答えをした。
どうも、この場に彼女がいると気まずい。
「はっきりしないのね」
とあの娘に言われる。
あいつは本棚から難しそうな哲学書を取り出して少し読んでみては別の本を読む、という行為をくり返していた。
彼女は黙ってうつむいたままだ。
あの人が戻ってきたのと同時に、彼女が俺の方を向いて
「あの、ちょっといい?」
と訊いた。
俺は驚きながらも
「うん」
と答えた。
彼女に連れられ、廊下に出る俺。
「あの――」
彼女がそう言ってポケットの中に手を入れ、何かを取り出そうとする。
俺はその様子をじっと見つめているだけ。
「え、と――」
何をしようか迷っている彼女だったが、すぐに笑顔で
「ご、ごめん、やっぱりなんでもない。ごめんね、変なことしちゃって――」
とポケットから手を出した。
俺は何をしようとしているか考え、返答に迷ったが
「そ、そう。別にいいよ」
と言って、すぐにあの人の部屋に戻った。
「なにやってたんだ?」
あいつが訊いてくるが、俺は
「なんでもないよ」
とだけ答える。
今、廊下で何があったかは、あの人も想像できないだろう。
そして、彼女が何をしようとしたかは、俺も想像できない。



――そして、水曜日。
ハピマテ最終版週間ランキング結果発表日。
発表時間は夜の7時なので、余裕はある。
俺は昼ごろに起き、階段を降りて1階に向かった。
1階ではハピマテが朝ご飯を作ってくれていた。
ハピマテにとっては昼ご飯なのだろうが、俺にとっては朝ご飯だ。
「・・・・・いただきます」
俺はそう言って、トーストをぱくつく。
「・・・・・バター塗らないの?」
ハピマテに聞かれ、何も塗っていないトーストを食べていることに気づく。
いつもバターを塗ってトーストを食べるのが日課な俺が、ただのトーストを食べているのを見て、ハピマテも不思議に思ったのだろう。
俺は
「あ、あぁ、わすれてた」
とだけ答え、バターを塗る。
そして、再びトーストを口に運ぶ。
そして、また無言。
「ごちそうさま」
俺はそう言って席を立ち部屋に戻る。
そして、PCの電源をつけ、VIPを見る。
今日はやたら


今日で俺達の活動も終わるんだな


とか


今日でVIPともお別れなのかな


とかいうレスを多くみかける。
当たり前だろう。本当に“今日で”終わるのだから。
部屋には、PCのボイラー音とマウスのクリック音、キーボードを叩く音だけが響く。
俺はふと気づき、winanpを起動。『ハッピー☆マテリアル 5月度.mp3』を選択し、音楽を流し始めた。
静かだった部屋に、音楽が流れ始める。
現代音楽なんて信じられない時代があった。
そう、ついこの前まで、Jpopなど部屋で流すこともなかった時代があったんだ。
PCのハードディスクに、mp3ファイルなど数えるほどしかなく、音楽など飽き飽きしていた時代があったんだ。
曲を1回だけ聴いては、聴くのをやめる。
それをくり返して、『音楽毒舌評論家』なんて呼ばれていたこともあった。
そんな俺が、今、ハードディスクにアニソンをため込んでいるなんて、信じられないな、と思った。
部屋に鳴り響くハピマテ
これを歌ったりした。演奏した。みんなに認めて貰った。拍手を貰った。
ハッピー☆マテリアルが、俺の人生を変えた・・・・・・
いや、違う。それは違う。
ハッピー☆マテリアルを聴いた俺自身が、俺の人生の進路変更をしたんだ。
その進路変更は、間違いなく正しい選択だっただろう。
今まで通りの道を走っていたら、先はもしかすると、崖だったかもしれないから。
――あれ
なんでだろう。
何故だかわからないが、目から涙がこぼれてきた――


そして、夜の7時近くなった。
俺はオリコンのページを開き、更新の準備をする。
時計をみる。秒数が進んでいく。
6時59分。
もうすぐ。
「あの、さ――」
ハピマテが話しかけてきた。が、俺は
「もうすぐ7時だよ」
と言って、それを流す。
3、
2、
1、
更新。
画面が切り替わる。
目を閉じる。
そして、目を開ける。
そこにあったハッピー☆マテリアルの文字。
そして、その横に書いてあった数字。


9


9位。
俺は言葉が出なかった。
ディスプレイをのぞき込んでいたハピマテも言葉が出ない様子だった。
1位は無理だった。実現できなかった。ハピマテと俺の希望を、夢を。
数分間。部屋は沈黙した。
今まで感じたことがない沈黙。本当に、物音が一つもたたない。
そして、その沈黙に耐えきれなかった俺は
「あのさ――」
ハピマテに話しかけた。励まそうとした。慰めようとした。謝ろうとした。
どさっ
という音がした。
俺はいそいで振り返る。
そして、俺は唖然とした。
――ハピマテが倒れていた。



       (第九十一話から第九十九話まで掲載)